-黄-
「…いい?母さん、ルカ」
「ええ。つかまっていてね」
「はい」
ぶつぶつと呪文を唱えるメイコの前に、徐々に何かの形が形成されていく。それはすぐに大きな翼の巨大な鳥の形になり、何もなかった場所に確かに実態のある大きく人五人は悠々乗れる程度の大きな鳥が、羽を休めていた。
三人はその鳥の上に座って、うなずきあった。
「行け!」
メイコがそう叫ぶと鳥は大きく翼を羽ばたかせ、強風を巻き起こしながら体を空へと持ち上げた。
「ルカ。どっちのほうかしら?」
「南南東の方向ですわ、主。向かい風になりそうですわね…」
「わかったわ。いけっ」
素早く羽を動かすと、三人は目的地へと向かった。
狂喜したカイトの甲高い声が地下室に響き渡り、生暖かい血が地面から壁まで飛び散っていた。
「カ…イト…兄…」
「何?レン。まだ、足りなかったかな?」
「や…め…。うぁッ!」
すでに消え入りそうな意識の中発する言葉も空しく、カイトの異常な攻撃はとまらなかった。押し倒された状態のレンは何をすることも出来ず、ただやられっぱなしで血を吐いたりうめき声を上げているだけだったのだ。
両腕を縛り上げられ、殆ど身動きが取れない状態。
優しげなカイトの笑顔が歪み、顔に飛んだ血を長い舌で舐めては嬉しそうに声を上げていた。
「…いいよ、いい。すごく…綺麗だ…」
腹部からは出血がひどく、どくどくとその辺りから血が流れ出ているのが、レンにも分かった。
と、いきなりカイトが攻撃をやめ、レンをじっと見つめてきた。いや、正しくはレンの腹から流れ出る血を、見ていたのだ。
「は…ぁ…なん…だよ?気持ち、悪いって…」
いきなり、カイトがにやりといやらしく笑い、レンの腹から出ている血を口の周りが汚れるのも無視して、舐め始めた。
「う…あぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
患部に触れるカイトの唇や舌の感触が、レンの感覚すらもおかしくしてしまいそうで、途端走った激痛にレンは叫び声をあげた。
それを見たカイトはさらに嬉しそうに、
「レン…。いいよ…。レン、今、凄く綺麗だよ…」
巨大なその館の大きさといったらメイコやリン、ルカが住んでいる館十個ほどなら軽がる敷地面積になっているようにも見えた。
地に降り立った三人はゆっくりと門の前に立ち、何度かノックをしたが、誰かが出てくる様子はなく、辺りはしんと静まり返っていた。
仕方なくあいているはずのない扉を開こうと、リンがノブに手を当てたときだった。
「ガン!!」
いきなり扉が開いて、リンの顔面に扉のでこぼこした部分が直撃した。
「いったぁ…」
「ごめんね!…君、だれ?」
扉を開けた張本人であろう少女が申し訳なさげに、リンに近づいてから、質問をした。しかし、リンの注意は少女の容姿に行っていた。
「…レン?」
「え?ちがうわ、私はリン。…て、あなた方、レンの知り合い?なら、お願いがあるの!レンを、助けて!!」
「どういうこと?ねえ、レンがいるところまで案内してくれない?」
冷静にメイコが行った。
こくんとうなずいた少女は、リンと名乗って三人を館の中へと招きいれ、迷うことなく地下室の扉の前に歩いていった。
「これは地下室につながっていて、地下室は暗いわ。まって、ランプを持ったほうがいい。…いい?足元に気をつけてよ」
「うん」
たしかに薄暗い地下室は肌寒く、ワンピース姿の彼女はすこし寒そうにしていたが、時折ランプに手をかざして我慢しているように見えた。
と、いきなり頭にまで響くような、うめき声とも叫び声とも何かの鳴き声とも分からない、不気味な声が四人のもとまで聞こえてきた。
「レンの声だわ」
「急ぎましょう、主」
カビが生えたのであろうすべる階段を急ぎ足で、下りていく四人はランプの明かりを頼りに歩いた。しかしすぐにそのランプも不必要となった。開けた場所に出、そこにはいくつかのランプが置かれていてその端のほうに牢獄と、牢獄から少し離れた辺りに血塗れのレンが倒れ、それを見つめているカイトがいた。
「レン!!」
「カイト兄、やめて!!」
「何をやっているの、カイト!」
その声にゆっくりと振り向いたカイトは口の周りを血だらけの手でぬぐうと、四人を鋭い目でにらみつけた。
「…カイト、やめて。レンに罪はないでしょう」
「罪?そんなものなくても、俺は血が欲しい」
「カイト兄…どうしちゃったの?ねえ!」
そんな妹の問いにカイトが答えることはなく、口元をゆがめて笑っただけだった。その微笑みにリンはなんとなく嫌な予感がして、レンへと目を向けた。
鮮やかなほどの鮮血。白い肌に口紅のような血がついて、いかにも痛々しい。
「カイト!!」
「何、めーちゃん。ああ、君も美味しそうだね…」
これではヤンデレカイトだ。舌で唇についた血を舐めると、四人のほうへと足を向け、歩き出そうとした。が、足に何かが引っかかったような違和感を覚え、足元へ目をやるとまだ強い意志が残っている瞳がカイトを睨んでおり、その手はカイトの足をしっかりとつかんでいた。
「…や…めろ…」
「レン。…邪魔だよ、歩けないじゃないか」
「カイ…ト…兄、あいつ等に…手は…ださな…いで…く、れ…」
「うるさいなぁ、邪魔だって言っているのが、聞こえない?」
少しのイライラを覚えたカイトは抵抗するレンの手を振りほどき、血塗れの腹を硬い靴のかかとでえぐった。途端この世のものとは思えない叫び声が響き渡った。
「ぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」
「レン!!ちょっと、レンに何すんのよ!!やめてよ!!私のレンに手を出さないで!!」
「…“私の”…?何のつもり、レンを君にあげたつもりはないけど」
「そっちが何のつもりよ!!レンのこと捕まえて、何も出来ないのをいいことにそんなにまでして、アンタ一体、何様のつもり!?リンちゃんの話を聞いていたら、アンタは吸血鬼らしいけどそんなことは関係ないわ。レンから離れなさいよ!!この、変体!!」
そうはき捨てたリンは内心誰よりもおびえて、足の震えを止められずにいた。
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