「月二降ル歌」

-壱ノ唄-

以下、ご注意事項
・SCL projectさまの名曲「刹月華」の自己解釈小説です。
・【腐】注意 今回はそうでもないです。
・時代考証、歴史背景ほぼ無視です。適当です。
 平安時代専攻の人、ごめんなさい。
 なんとなく昔っぽい、でおkな方は大歓迎です。
・がくぽの名前を「岳斗」表記にさせていただきました。
 だって字面がどうやっても締まらないんだもん・・・!
 脳内音声変換は、お好みでどうぞ。


以上がおkの方は、どうぞお楽しみください。
今回は第一話なので、二話以下はそのうちうpします。
























              【月二降ル歌】
 
-壱ノ唄-

 春になったと云えども、時折吹く風は未だ冷たい。それが山道に吹く風なら、尚更だ。高い木々に囲まれた細い道を行くふたりの男のうち、前を行く方が徐 (おもむろ)に振り向いた。

「お主も不幸者よの。名を何という?」

 道案内の侍に云われ、後ろをついていた青年は眉根を寄せた。何だ、唐突に、と云うと、天災ってもんは唐突に来るもんだ、と男は笑う。

「・・・神威(カムイ)の家の者か。まぁ神威とて、かような任務を与えられる者だ、不幸は今に始まったわけではなかろう?」

 余計なお世話だ、と振り向かれた青年――神威岳斗はその秀麗な顔をしかめる。たいした荷物も持たない彼は、都落ちの者を世話する、としか聞かされていない。

「左様、都に居られぬ者の世話だ。・・・いや、不幸は変わらぬ。今語ったとて、何も変わらぬのだ」

 そう云いながらも、侍は何故か楽しそうににやにや笑う。都よりの短くはない道中、ほとんど会話はなかったが、このようなものなら黙ったままでいい。岳斗は顔をしかめたまま、前を行く侍から目を逸らした。都は背後に既に遠く、この道も人とすれ違うことはない。細々とした道はいつ途切れてもおかしくないように思える。大きな杉の木が現れたところでさて、と前を行く侍が足を止めた。

「案内はここまでだ。この先を下り、次の山を越えれば、かの地へと辿り着く」

 侍は道端の杉の木の脇を指し、岳斗を見上げる。山道から逸れた彼の指の先を見て、岳斗は不信感を露わにした。

「・・・道など見えないが」
「俺にも見えん。だが、方向さえ違わなければ大丈夫だと聞く」

 無言で見つめてくる岳斗に云っただろう、と侍は口の端を引き上げた。

「都に居られぬ者だ、と。世間から隠れておらねばならぬ者がいる場所となれば――、まぁ、そういうことだ」

 侍はさも意味ありげに頷き、顎でその方角を指す。これ以上は喋る気もないようなので、世話になった、とだけ告げ、岳斗は示された道なき道へと入っていった。水干(すいかん)の袖を、無法図に伸びる枝が引っ掻く。背中に張り付く侍の視線ごと振り払うように、岳斗は少々乱暴に袖を引き、先を行く足を速めた。



 山と山の間にひっそりと隠れるように、その屋形はあった。話は既に通っていたらしく、簡素な門より訪(おとな)うと、老いた下男夫婦が出てきて主は奥の間だと教えてくれた。

「ここには、そなたらの他はいないのか」
「お屋形さまと我ら夫婦、あとは今は山に出ておりますが不肖の倅がひとりでございます」

 その答えにそうか、と岳斗は顎を引く。屋形は都のものとは比べものにならないが、それなりにしっかりとした造りをしている。門から入ってきた短い道のりから見て、下男家族は敷地内の別棟に住んでいるのだろう。だとしたら、この屋形は規模の割には人が少なすぎる。

 示された奥へと進みながら、そういえばまだ主については何も聞いていないことに思い当たった。屋形の外ならいざ知らず、下男夫婦も何も云ってはこなかった。どちらにしろ、逢えばわかるだろう。いくつか部屋を抜けたところで、前に古めかしい几帳が現れた。その先に確かな人の気配を感じ、失礼いたします、と岳斗は几帳(きちょう)の前に傅(かしず)いた。

「本日よりこちらに参りました、神威岳斗と申す者です――」

 云い終わらぬうちに、几帳の内側より扇が伸び、こと、とそれが横へ動いた。思わず目を上げ、陰より覗いた扇を持つ手の白さと張りに、岳斗ははっと瞠目した。その手の若さは、聞かされた都落ちの者というイメージとはあまりにもかけ離れていた。――主とは、いったい何者だ?

 白い手が几帳を掴み、ふたりの間を取り払う。果たしてそこにいたのは、まだ年端も行かない少女だった。緋色の袴も鮮やかな――、いや。岳斗は非礼も忘れ、目の前のその人に見入る。桜の襲(かさ)ねを纏い、脇息(きょうそく)にもたれかかるその輪郭を、斜めに射し込む夕陽が薄闇に浮き上がらせる。紅い夕陽にきらきらと縁取られる、抜けるように白い首筋にかかる髪の色は見たこともない金色で、ただでさえ整ったつくりものの様な容貌を際立たせていた。

 茫洋とした表情で、主は脇息にもたれかかっている。その袖から、裾から覗く手足にふと違和感を覚え、岳斗は注意深くそれらに視線を這わせた。白い手足は丸みがなく、余計な脂肪もついていない。うっすら血管の透ける足の甲や、すらりと伸びた指先にも同じことが云えた。――少年か。服装のせいで一瞬わからなかったが、目の前のその人からは、女特有の土の香りにも似た生温い重たさがまったく感じられなかった。

「桜を、連れてきましたね」

 不意に、それまで口をきかなかった少年がくちびるを開いた。戸惑う前に細い指が伸び、岳斗の髪についていた花びらを摘みあげると、ほら、と目の前に差し出す。夕陽が動いた拍子に少年の瞳に入り込み、それが貴石のような碧さであることを教えた。

「――ありがとうございます」

 そういえば道すがら、桜の木の下を通った気がする。深遠な湖のような瞳から目を離せないまま、岳斗はようやくそれだけ云う。ふふ、と少年は嫣然と微笑んだ。

「申し遅れました。この屋形の、鏡音(かがみね)レンといいます」

 鏡音。都でもよく聞いたその名に、岳斗は慌てて不躾に眺め回していた視線を引き離す。頭を垂れる岳斗にそんなかしこまって戴かなくても、とレンのゆっくりとした声がする。

「少納言なんか――あ、先日亡くなった姥なのですけど――、横柄なものでしたよ。どうせ屋形には、他に人など居ないのですから」

 そうは云われても、急にくつろげる訳がない。困り果てる岳斗に、とりあえず面だけでも上げてはもらえませんか、と彼は声をかけた。は、と一度深く頭を下げ、岳斗は顔を上げる。その武人らしい仕草を、レンは物珍しそうに眺めた。

「あなたが、その・・・・・・、都よりの、ですか?」

 ぎこちなく問われ、そうです、とレンは頷いた。

「もっとも都より落ち延びてきたのは赤子のときなので、僕は何も覚えていません。少納言はその時から付いていてくれたのですが、先日の寒の戻りの折にとうとう。弔いが、精一杯の恩返しでした」

 長く一緒に居た者の死を語る割には、その口ぶりは平坦だった。静かな瞳は岳斗に向けられてはいるが、どうも身体をすり抜けてその先へといっているような印象を受ける。もしくは、情報として映す以外には働いていないのかもしれない。

 気がつけば、西陽は疾(とう)に稜線の向こうへとなりを潜め、辺りには薄闇が立ち込めていた。暗くなる前に、屋形の全体をおおまかにでも把握しておきたい。その旨を伝えると、主は弄んでいた桜の花びらよりつと顔を上げ、どうぞ、とだけ云った。

 レンの前より退き、屋形を歩きながら岳斗は告げられた鏡音の名を頭の中で反芻した。その名は都でも広く知られる卜占(ぼくせん)の家柄で、古くから政 (まつりごと)に深く関わりあっている。あえて政には深く首を突っ込まないでおこうとしている岳斗でも、その存在を知っているくらいの、名門の家柄だった。そんな家柄の少年が、何故。急速に満ちてくる宵闇に焦りながら、彼は沓(くつ)を引っ掛けた。

 屋形を一周して、岳斗は呆れた。警護とは名ばかりの間垣は隙間だらけで、その気になれば容易に忍び込めてしまう。主の居る部屋も、高い庭木が多くありはするが広く庭に面していて、とても他から守ろうという気は窺い知れない。

 よくもこんな有様で、と呆れを通り越して怒りすら滲ませる岳斗にそうは云ったところで、とレンはぼんやりと彼を見上げた。

「こんな辺鄙な場所には、誰も来ませんから」
「来る、来ないの問題ではありません。これではあんまりというものだ。・・・まったく、主を守ろうという気はあるのか」

 後半は独り言のように呟かれたものだったが、レンはちらりとその言葉にだけ瞳を上げた。

「・・・さぁ。都から遠く離れたここでは、あなたの常識とは異なることも多いでしょう。ともあれ、この屋形は他のものに強く守られているのです。お聞きになられませんでしたか? 道中で」

 袖の縁を指先でなぞるレンに、いえ、と岳斗は多少戸惑いながら答える。この少年は時折、妙に大人っぽい回りくどい手を使う。岳斗が聞いたのは、都に居られない者の世話をするということだけだ。それを伝えると、レンは哀れむような目線を向けた。

「まぁ着く前に逃げられても困る、ということでしょう。――この地には、鬼が棲んでいるのですよ」

 岳斗の柳眉が僅かに寄るのを、レンの碧い瞳が面白そうに眺める。

「人喰いの、鬼です。その姿を確かめようとしたものは、誰一人として帰ってきておりません。故に今は、旅人ですらこの地に寄り付こうとはしません。誰もが云うのですよ、あの奥には鬼が棲んでいる――、命が惜しければ、近づかぬことだ、と」

 我が事なのに、一種愉しそうに少年は云う。その噂は、と岳斗は低く訊ねた。

「こちらから、流したものですか?」
「さぁ。噂が先か、僕という存在が先かまでは、僕にはわかりません。ただこの屋形は僕より古そうだし、噂も――こればかりは僕が直接聞いて回ったわけではないので、何とも云えませんが――そう最近、沸いて出たものでもなさそうです」

 ここはもしかしたら、鏡音の家が昔からそういった噂を利用して、使っていた場所なのかもしれない。レンという存在以前にも、同様に世間から隠さねばならない者がいた場合に、用いた場所なのかもしれなかった。そういえば、と岳斗は屋形についてすぐに感じた違和感に辿り着く。ここの下男夫婦は、都の者たちと同じような言葉を使う。道中で立ち寄った集落の者たちのような訛りは、彼らからはまったく聞かれなかった。
 まぁどちらにせよ、僕には関係のないことです、とレンは打って変わって物倦(ものう)げに脇息に乗せた肘に頭を預けた。

「あなたが何をしてきた方か、僕は聞かされていません。つまらない処ですから、都にあるような楽しみは何ひとつないと云っていいでしょう。人も少ない。あなたがした事のないような下賎なことまでお願いするかもしれませんが、どうぞご理解ください。ここには、代わりとなる者がいないのです」

 染み入るような静寂の中、ゆらめく灯りが音もなく部屋を揺らす。この任務は、先の見えないものだ。前任者の少納言は、晩年のすべてをその任務に費やしたことになる。ならば自分は、いったいどうなるのだろうか。目の前の美しい少年を眺めながら、岳斗は今更ながらにこの地の遠さを実感した。






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あまりに読みにくかったので、改行を加えました。
そしてお断り文を、ちょいと追加変更しました。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

「月二降ル歌」【刹月華自己解釈小説】 -壱ノ唄- (上)

一話目が長すぎて収まりきらなかったので、上下に分けました。
尚、SCL Projectの本家さまとは何の関係もございません。

閲覧数:780

投稿日:2010/06/18 20:22:11

文字数:4,792文字

カテゴリ:小説

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