森はただひたすらに奥へと続く。
 奥へ奥へと進んでいけばいくほど、次第にあたりは暗くなっていった。森の奥が暗いのか、それとも時間が過ぎて暗いのか、自分の気持ちで暗く思えているだけなのか、ハクには分からなかった。ただ、混乱していたのだ。
 おばあさんが死んでしまった。
 優しかったおばあさんが死んでしまった。
 あんな小さな子供と一頭の狼によって、殺されてしまった。
 ひどい。ひどい…!
 その時、つんと鼻を突き刺すようなにおいがして、鼻をつまんで木の陰から三本ほど木の向こうの開けた広場のような場所を見た。小さな原っぱのようである。そこに広げられた、真っ赤が絨毯のような…辺りにのさばる、うごめく何かが赤いじゅうたんの真ん中に置かれた原型が分からなくなった人間の死体の周りに屯(たむろ)している。異様な光景だ。
 これじゃあ、まるで、人体実験だわ、とハクは思った。そして、一気に恐怖が押し寄せてきて、後ずさりをする。ざっと小さな音が鳴った。すると、うごめく『何か』の視線が一気にハクのほうへと向けられた。
 ど、どうしよう、見つかったら私もあんなふうにされてしまう!
 とっさに『誰か』がその場から逃げ出そうとしたハクの口をふさぎ、太い木の陰に連れ込んだ。

 小屋に取り残されたデルとアリスは、しんと静まり返った空間にいた。
「あなたがやったんじゃないの?」
「違う。俺はそんなことしない」
 心外だというようにデルが言った。
「じゃあ、だれがこんなひどいこと…」
 もはや部屋の奥に目を向けることすら酷になるほどグロテスクな光景に、アリスは思わず目をそらした。
 静かにデルが口を開いた。
「――この辺りには二種族の狼がいて、こいつら銀狼と、黒狼がそれぞれ縄張りを作っているんだ。俺が言った狼の巣は、黒狼の巣」
 そっと銀狼の頭をなでながら、デルが言う。
「黒狼たちは数年前にこの森に住み着いて、近くに来た人間を食っているらしい。銀狼は昔からこの森にいて、昔は森の守り神といわれているような存在だった。だが…黒狼が人間を食うようになってから、ふもとの人間が必要以上に狼を警戒するようになって…」
 少し寂しそうに語るデルの話を要約し、アリスが言う。
「つまり、その銀の狼たちは無実で、すべては人間の勘違い?」
「そう。で、元凶は、黒狼」
「じゃあ、あなたは何なの。人間なのに、こんなところにいるなんて」
「俺は…」
 いきなりデルが言葉に詰った。
 何かあるのだろうか。言葉に出来ないようなことなのだろうか。見た目はしっかり人間なのに、狼と何の恐怖もなしに接していられるというのは異常である。それに、銀狼に対しての思い入れも、黒狼に対しての嫌悪感に似た感情も、異常といえば異常である。彼もまた、一頭の狼なのかもしれない。人であり、銀狼であり…。幼い少年には不思議な世界だ。自分と同じ人間が、自分と同じ狼を憎たらしく思うということが、ただ、不思議であったに違いない。だからこそ、こんなにも感情のない(あるとしたら不機嫌な感情だけ)目をしているのかもしれない。幼いといっても小学生などではないだろうし、アリスより少し年上なくらいなのだろうが――。
「と、兎に角、あいつを追ったほうがいいじゃ?」
「あ、そうだね。追いかけよう」
 無理に話を変えたデルを気にせず、アリスは同調してドアを開き、飛び出したのだった…。

「…っ」
 息が苦しい。
 もう十分以上口をふさがれたままだ。
「…」
 静かになれたふうで木の陰に隠れたのは、赤い髪の男だった。物音を立てずに木の陰から向こうをのぞく格好。しばらくして、ぱっと手を離し、ハクを突き飛ばすようにすると、男はいかにも不愉快そうな表情をした。
「なにをしているんだ」
「お、おばあさんのお見舞いに…」
「そのばあさんはこんな森の奥にいるのか」
「い、いいえ…」
 赤い髪と赤い目、それもデルと同じで澄んでいるのにどこか歪んだ色をした、不思議な赤。紅いマフラーと、黒いコートも、森と言う緑一色の世界にはどうも不釣合いなように思う。
 ただ見たものの心を射抜くような鋭い目と、不機嫌なことを隠そうともしないその態度は、デルにそっくりだった。
「じゃあ、何でこんなところにいるんだ。大体、お前みたいな女子供がこの森に気安く入って来るもんじゃねぇ」
「す、すみません…。混乱していて、何も考えずに走ってきて…」
「ふぅん。まあ、いいけど。さっさと帰れよ。次は助けてやらねぇ」
 そうか、この人、助けてくれたんだ。見つかりそうなところを、助けてくれたんだ。
 そう思うと、どうにも悪役っぽい少年の顔も、善人のように見えてくるから不思議である。
「は、はい。ありがとうございました…」
 ぺこっと頭を下げ、ハクがその場を去ろうと――。
「――アカっ」
 遠くから、銀の髪がなびきながらこちらへ近づいてくるのが見えた。
 すると少年はさらに不愉快そうな表情になり、デルの表情が読み取れるまで近づいてきたのを見て、ハクを後ろから強く突き飛ばした。
「デル。お前のか」
「てめぇ、何してんだよ」
「それが邪魔だったから説教してた」
「…」
「…」
「…」
「言いたいことがないなら、さっさと帰れ」
「ああ、言われなくても。行くぞ、白髪」
「し、白髪じゃありません…!」
 くるりと向きをかえ、デルはハクの手を無理に引いて歩き出した。
 歩いていってしまったデルを追いかけようとして、アリスは少年のほうを振り返り、小さな声を呟いた。
「あなたも狼なのね?」

ライセンス

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Fairy tale 16

こんばんは、リオンです。
素でありすです。って打っちゃいましたよ。もうだめだ、自分。
アカハクです。
とある方のとある漫画に触発されてアカハクもいいな、と。
基本カイミクは好きじゃないので、せめて亜種ならーと言うことですね。
きっとアカイトは面倒見良いんだろうなぁ…。ツンデレの極みなんだろうなぁ…。

閲覧数:276

投稿日:2010/03/06 23:58:37

文字数:2,294文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • 流華

    流華

    ご意見・ご感想

    ごめんなさい!!!
    アカイトが出てきたときメイトと一瞬勘違いしました………。

    ハクってよく考えたらすごいですよね……。
    狼が住んでる森に出ていくって……。

    “ありすです”ってうちかけたんですか?
    大丈夫です!!私は休み時間に友達とピアプロの話してたらプリントに“流”って書いてました!!(お前にはきいてないよ。
    なんかいつもわけ分かんないこと言っててごめんなさい……。

    2010/03/07 00:16:31

    • リオン

      リオン

      こんばんは♪
      メイトさんは赤よりか茶色っぽいですね、髪。

      そうですね、その勇気があるならもう弱音とか吐かなくていい気がしますね(汗

      あ、打ちかけたんじゃありません。
      打ったんです。で、速攻消しました。
      もうなんだか私も流華さんも末期症状ですね…。

      2010/03/07 00:45:27

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