「いやああああっ!」
びっくりしてそっちを見る。初音さんが悲鳴をあげていた。あれれ。巡音さんも画面を見るどころじゃなく、初音さんを見ている。
こんな反応するってことは、初音さんってホラーが全くダメなタイプ? クオ、お前、何考えてんだ。俺と巡音さんはどっちも唖然として、悲鳴をあげる初音さんを見ていた。
「クオのバカっ! 変態っ!」
初音さんはいきなり立ち上がってクオに飛びかかると、その首を勢いよく絞め始めた。うわあ……。
「何考えてんのよっ! 信じられないわっ!」
「…………」
「あんなグロい映画見せるなんてっ! クオの悪趣味悪趣味悪趣味っ!」
「…………」
いや、こんなのまだ序の口で、この後もっとすごいシーンが……なんて言ってられる状況じゃないな。とりあえず、俺はリモコンを手にすると、停止ボタンを押して画面を消した。消えたら落ち着くかなと思って。でも、初音さんは相変わらず叫びながらクオの首を絞め続けている。
「ねえ、巡音さん」
「何?」
「初音さんって、ホラー苦手だったりする?」
「……そう言えば、わたし時々ミクちゃんと映画見るのだけど、ホラーは一緒に見たことがないわ。わたし、ホラー映画って見たの、これが初めて」
なんか今引っかかる台詞があったけど、今はクオを助けてやらないと。口から泡ふきかけてるし。俺は立ち上がると、初音さんの肩を軽く叩いた。
「初音さん初音さん、それくらいで勘弁してあげて。クオ、白目むいてる」
初音さんははっとした表情になり、クオの首を絞める手を離した。えーと……今、クオの頭がソファの腕木にぶつかって、なんだか鈍い音がしたような……。
……っていうか、クオ、動いてないぞ!?
「きゃ~っ、クオ、しっかりしてっ!」
初音さんはもう一度クオに飛びつくと、今度はクオを激しく揺さぶり始めた。その度にクオの頭がソファの腕木にぶつかって、鈍い音がする。……なんというか、背筋が寒くなってきたぞ。
「ねえ、ミクちゃん……そっとしておいてあげた方がいいんじゃないの?」
たまりかねたのか、巡音さんがおずおずと口を挟んだ。
「リンちゃんっ! クオが起きないっ! どうしようっ!」
初音さんはクオを放り出すと――また鈍い音がしたぞ――巡音さんに勢いよく抱きついた。巡音さんが初音さんの頭を撫でている。……もしかして、ここの家これが日常茶飯事だったりするんだろうか。
「えっと……多分大丈夫よ」
巡音さんはそう言っているが、本当に大丈夫かこいつ? 俺はクオの傍らにしゃがみこむと、頬を軽く叩いてみた。
「お~い、クオ。生きてるか?」
「う……」
クオは首をさすりながら起き上がった。さすがにちょっとほっとしたぞ。救急車を呼ぶような事態にならなくてよかった。
「ほら、ミクちゃん。ミクオ君は大丈夫だったから」
巡音さんが初音さんにそう言っている。
「悪いが……全然大丈夫じゃねえ……ミク……俺を殺す気か……」
それはそうかも。
「クオ、良かった! 生きてたのね!」
初音さんはそう叫んで、今度はクオに抱きついた。巡音さんはほっとした様子で、そんな二人を見ている。
「誰の……せいで……死にかけたと……」
「あーん、クオ! ごめんなさいっ! わたしがやりすぎたわ!」
これは一応いい光景と呼んでいいんだろうか。……俺にはわからん。
というか、映画は? クオも息を吹き返したので、俺は訊いてみることにした。
「で、映画はどうする?」
「ホラーは嫌よっ!」
初音さんの即答。確かに、これじゃあ俺もホラーを見る気にはなれない。今のクオの臨死体験は、下手なホラーより怖かった。
「じゃあ、初音さんが見たい映画を見るということで。それでいい?」
巡音さんの方を見ると、頷いた。クオを見る。
「もうそれでいいよ……」
それが、クオの返事だった。諦め半分、疲れ半分という顔をしている。あんなことがあったんだから仕方ないか。
「じゃあわたしのお薦め映画を……」
初音さんが立ち上がって、プレイヤーにDVDをセットした。そして、映画上映会は再開したのだった。
昼食やら休憩やらを挟みながら、俺たちは結局映画を二本見た。どっちも初音さんのお薦めのラブコメ映画。クオはずーっと仏頂面をしていたが、女の子二人は楽しそうだった。一本目はともかく、二本目の映画は音楽の使い方が面白かったな。
映画を二本見終わると、巡音さんは「門限があるから」と言って、帰って行った。初音さんも自分の部屋に引き上げてしまい、ホームシアタールームには俺とクオが残された。さて、と……。
「俺もそろそろ帰るけど、クオ、ちょっといいか?」
「なんだよ」
「今日見れなかったホラー映画、借してくれ」
結局『ブレインデッド』は見れなかった。
「ああ、別にいいぜ。今日は悪かったな。ミクと鉢合わせしちまったせいで、お前までラブコメ映画につきあわせちまって」
やっぱりこいつ、なんか変だ。ちょっと確かめよう。俺がクオを正面から見つめると、クオはたじろいだ。
「……なんだよ」
「訊きたいことがあるんだ。クオ、お前、俺に何か隠してないか?」
クオは、なんというか、わかりやすいほどに派手にうろたえた。
「……な、何だよいきなり。そ、そんなことないだろ」
お前、嘘つくの向いてないよ。演劇部なのになあ。……思わず派手なため息が出る。
「お前さあ、その態度だけで『はい、俺は何か隠してます』ってバレてるよ?」
クオがむっとした表情になる。だが、俺はクオが口を開く前に、先を続けた。
「そもそも、昨日の時点で変だと思ったんだよ。お前、あんまり自分の家――ってか、初音さんの家か――に人呼びたがらないだろ。なのに今回に限ってはやけにしつこかったし。何がしたかったんだ」
絶対何か魂胆があるはずだ。何を企んでいるのか知らないけど、正直、こういうのは面白くない。
「別に深い意図はねえよ」
そらっとぼけるクオ。あ、そう。それなら俺にも考えがあるよ。
「クオ。正直に全部喋らないと、この前の合宿でのこと、初音さんに話すぞ」
俺がそう言うと、クオの顔が引きつった。
「レン、あのことは言うなって言っただろ!」
「うん、だから、黙っててやるから、隠し事があるんならここで全部白状しろ」
クオは冷や汗を流しながら固まってしまった。……そんなにあのことばらされたくないのか。別に大したことでもないと思うんだがなあ。アニメ見て号泣するのって、そんな変なことでもないだろ。そりゃあの時、クオがボロ泣きしたせいで、みんな引いてたけど。
普段から初音さんの前で「『フランダースの犬』!? その程度のアニメでこの俺が泣くか」とでも宣言してるんだろうか。
「で、クオ、どうするんだ?」
「えーっと……誰にも、特に、ミクと巡音さんには絶対に言うなよ?」
「わかったからとっとと喋れ」
俺がそう言うと、クオはうつむきながらぼそぼそとこんなことを言い出した。
「ミクと一緒にホラー映画を見たかったんだ」
「……なんだよそれ」
理由になってないぞ。
「最後まで聞いてくれよ。ミクはホラー映画が嫌いで、俺がホラーを鑑賞してる時は絶対よりつかない。そんなミクと一緒にホラーを見るにはどうしたらいいか!」
妙に力を込めてそう言うクオ。おい……そんなことの為に、わざわざ俺を引っ張りだしたのか?
「それで初音さんの予定を調べて、わざわざ巡音さんが来る日を選んで、俺を呼んだわけ?」
「だって一人だと逃げられるだろ。誰かいたら逃げづらいじゃないか」
巡音さんと俺は、初音さんを引き止めておくための障害物かよ。道理でひたすら帰るな帰るな言ってたわけだ。……アホらし。
「うまくすれば、ミクがきゃーって叫んで俺に抱きついてくれるかもって、思ったんだよ……悪かったな」
「……良かったな、夢が叶って」
実際、抱きついてはもらえたわけだし。というか、こいつ、普段からそんなこと考えていたのか。まあ、初音さんは可愛いし、クオがそういう気持ちになるのはわからなくもないけど。けどなあ、一緒に住んでるんだからもっと別のアプローチあるだろ。
大体理由には納得したが、これだけは言っとこう。
「ホラーが嫌いという人にホラーを見せるのは、はっきり言って悪趣味だよ。せめて、もっと大人しいのにできなかったのか?」
「ゾンビはホラーの王道だろ。お前だってゾンビ映画好きじゃねえか」
「ホラー苦手な人と一緒に見たいとは思わない」
他のジャンルはともかく、ホラーだけは苦手な人に下手に見せるもんじゃない。
「もう二度としねえよ。さすがの俺も懲りた。たく、巡音さんぐらいミクも落ち着いててくれりゃいいのに……」
「あれは落ち着いてたんじゃなくて、初音さんが騒ぐから画面に集中できなかったんだと思う」
初音さんが悲鳴を上げ始めてからは、巡音さんは初音さんの方ばかり見ていた。あんな大声で悲鳴をあげられたら、誰だってそっちを見るだろう。
と、クオが急に、妙なことを訊いてきた。
「お前、巡音さんのことどう思う?」
「何だよ藪から棒に」
いきなりそんなこと訊かれたって答えられるか。同じクラスとはいえ、一週間前までまともに喋ったことなかったのに。
「いいから答えてくれ」
……こいつ、また何かろくでもないこと考えてるんじゃないだろうな。
「クオは、巡音さんのことどれぐらい知ってる?」
「あんまり知らん。ミクとは仲いいけど、俺はほとんど話したことないし」
「巡音さんの口ぶりだと、よく遊びに来てるみたいだったけど。それで全然話す機会ないわけ?」
よく一緒に映画見るみたいな感じだったもんな。クオはちょっと嫌そうな表情で、こう言った。
「だって俺あの子に用事ないし、たまに話しかけても黙り込んじゃって、結局はミクが代わりに話すし。ミクも何だか俺に冷たいし。で、お前は巡音さんのことどう思うわけ? まだ質問に答えてもらってないぞ」
確かに巡音さんは人と話すの苦手みたいだけど……要するに、クオは巡音さんのことが邪魔なんだろうな。ついでだからもう一つ確認しとこう。
「ごめんもう一つだけ教えてくれ。初音さんの方が、巡音さんの家に遊びに行くことは?」
「ねえよ」
ふーん、そうか。それにしても……クオ、ちょっと大人げないぞ。自分が初音さんの一番になりたいからって、その親友を追っ払おうとするのはさ。というか、俺にどうしてほしいんだよ。
「で、お前いい加減に俺の方の質問にも答えろよ」
「何だったっけ?」
別に忘れてないが、ちょっとからかってみる。
「巡音さんのことどう思うのかって、さっきから何度も訊いてるだろ」
悪いけどお前に同意はしかねる。
「お前は俺にそれ訊いてどうしたいわけ?」
「レン! 質問に質問で返すなよ!」
「だってお前の意図がわかんないし」
「ああもうっ!」
大体、自分の人間関係に俺を巻き込むなよ。この環境じゃ色々気苦労も多いのかもしれないけどさ。とばっちりを受ける身にもなってくれ。
「……お前の気持ちもわかんなくはないけど、そういうのはよくないと思うぞ」
「は?」
「じゃ、俺は帰るよ。あ、クオ。DVD」
クオがDVDを渡してくれたので、俺は家に帰ることにした。
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