ボーカロイド達の設定年齢は、多くが未成年である。



ミクは花の女子高生である16歳。リンとレンは思春期真っ盛りな14歳。



だが中には、二十歳を超えたボーカロイドや、設定年齢こそないものの初代エンジンのため大人扱いされるボーカロイドもいる。





そう―――――メイコ、カイト、そしてルカさんだ。





ヴォカロ町では、この3人は色々と責任の重い立場にある。



メイコは言わずと知れたヴォカロ町町長、ルカさんはヴォカロ町警察署一の敏腕刑事だ。



カイトは何もやってないように見えて、実は町中の雑用を一挙に引き受けている。例えば町内の掃除、ゴミ収集、主婦の買い物の手伝い、警備のお兄さん、歌のお兄さん、その他数百を数える雑用を抱えている。おまけにこう見えて町内で唯一獣医の免許を持っているため、ヴォカロ町のペット約700匹のカルテを一人で管理しているのだ。唯のバカではないのです。



そんなわけで、彼女らも心疲れることもあるのだ。



そんな時彼女らが身を寄せる、小さなバーがあった。



バー『whine&wine』。ここは唯一、彼女らが弱音を零せる場所。





白髪の美女バーテンが、心弱った人を受け入れてくれるから。










「何で俺まで行かなきゃなんねーんだー?」

「いーじゃないTurndog! 呑むときゃみんなで呑んだほうがんまいに決まってんのよ!」

「めーちゃんの言う通りですよ、Turndogさん。少しぐらい飲めるでしょ?」

「阿保かカイト!! 俺はまだ未成年だっ!!」

「心配しなくていいわよ、Turndog。刑事として、未成年飲酒は防いであげる」

「流石だぜルカさん!! どこぞの青いのとは大違いだな!」

「ちょ、ひどい!!」

「いつもながらダメねー、カイト。慰めてやるから特別にウォッカおごってあげよーか?」


ヴォカロ町に来ていた俺とどっぐちゃんは、ばったり出会ったメイコ、カイト、ルカさんに引きずられて(と言っても主にメイコに首根っこ掴まれて、だが)ある場所へと向かっていた。

そのとある場所というのが―――――



「……おっし、着いたわね。おーい、ハクー!?」



メイコがたどり着いた場所―――――バー『whine&wine』の扉をごんごんと叩き、豪快に開く。

カウンターでグラスを吹いていた、白髪のグラマーな美女がこちらを振り向いた。


「あら、メイコさんにカイトさんにルカさん……あら? それにTurndogさんにどっぐちゃんまで! 珍しい……! 今日は千客万来ですね!」

「よっす、ハク」


このバーのバーテンダー―――――弱音ハクは俺に向かって微笑んだ。





弱音ハク。バー『whine&wine』を一人で切り盛りする、敏腕バーテンボーカロイドだ。

数千を超えるレシピを持ち、町人にも人気なこのバーを、常時一人で仕切っている。

また、ボーカロイドしか飲めないような超絶レシピもいくつか存在し、こういったもののせいで一時はひどく批判されたこともある。

元々の気質もあるが、その批判のおかげか、彼女のマスター『ハーデス・ヴェノム』がいたころは明るかった性格が随分と弱気な性格になってしまっている。

昔の性格をさらけ出せるのは、このバーの中だけだというのだから難儀なものである。


また、彼女の持っている力は殆どの者が知らない。

知っているのは、メイコ、カイト、そしてこの世界とキャラクターの創造者である俺だけだ。

この力は、彼女が口を開くか、もしくはそれを使わなければならない状況に陥るまで絶対に他言できない。



なぜなら―――――余りにも卑怯な力だから。それこそ、カイトですら恐れ戦くような。





だが普段の生活では、誰も力の話など気にしておらず、バーで楽しく呑み、語らっているのだ。


「……とは言っても俺は飲めねーぞ? 抹茶とか置いてないの?」

「あんたねぇ……バーにそんなもんが置いてあるわけg」

「ごめんなさい、いつもはあるんですけど今日はたまたま切らしちゃって」

『むしろ普段はあるんかい!!!!!?』


俺も含めて全員で総ツッコミである。因みに俺まで突っ込んだのは、元から冗談のつもりだったから。いくら何でもバーに抹茶が置いてあるとか思うわけないじゃないですかやだー。


「常連さんの一人にお茶好きな人がいらして、以前抹茶が一番好きだって話してるのを聞いたんです。それで抹茶を使ったレシピを考えてみたんですよ。抹茶と合わせても美味しいお酒の組み合わせは苦労したんですけど、その分すっごく喜んでもらえたので報われました……」


嬉しそうにうっとりとした表情で話すハク。お客様のために、日々レシピを開発していると以前聞いたことがある。ネルと同じにおいがするぜ、流石同じマスターを持つ者同士。


「それじゃあメイコさんとカイトさんは、いつものでいいですね?」

「ああ、カオス・スピリタスで」

「僕もオンザロック・リキッドオキシジェンを」

「わかりました。ルカさんはどうします?」

「あ……えと、じゃあ『ハートブレイカー』を……」

「はい、わかりました」


てきぱきと注文を聞いてゆくハク。このバーの中でだけは、本当に人が変わったような明るさだ。もっとも、外での暗い性格が変わった結果なのだから、正確には『元に戻ったような』というべきか。


「Turndogさんはオレンジジュースでいいですか? 今日はこれぐらいしか未成年者に出せるものがないので……」

「じゃあしょうがないな、それで。どっぐちゃんはどうする?」

「どうするったって……あたしもお酒飲めないし、あたしはオレンジジュース苦手よ?」


いくらどっぐちゃんとはいえ、一人だけ飲めないというのも寂しかろう。思いあぐねていると―――――



「あ!」

「どうした、ハク?」



「鰹出汁があります!」



『何であんだそんなもんがっ!!!!!?』


またまた全員で総ツッコミだ(目をキラキラさせ始めたどっぐちゃんを除く)。いやこれは予想の遥か斜め上を音速飛行してるぜハク姐さん。


「昔ながらの鰹出汁の大好きなお客さんがいらして―――――」

「そのお客さんのために鰹出汁を割り入れたレシピを考えた、か?」

「はい!」

「ええええー……」


ここまで来るともはや感心の域を超えて呆れの領域に突っ込んでくるね。


「ただそのお客さん、最近お酒の飲み過ぎでドクターストップされたみたいなので、どうにか使い切ろうと思ってたところなんです。2リットルボトルにたっぷりあるけど、どっぐちゃん呑む?」

「飲む呑む飲む!!!!」


ダン!! とカウンターから身を乗り出して叫ぶどっぐちゃん。嬉しいのはわかるがそんな勢いよく手をついたら抜けるぞ、台が。


「はい、どうぞ。気を付けてね」

「わーい♪たっぷりだぁ……うふふふふ」


凄まじい喜びようである。あのツンデレ少女が自分の感情を隠すことも忘れて、ペットボトルの鰹出汁を一気飲みしている。


「……ハクぅ?」

「? どうしましたメイコさん?」

「あのさ……」


メイコがハクに耳打ちしている。カオス・スピリタスに注文でもつけているんだろう。


「……いいでしょ?」

「……責任は取ってくださいよ」


少しめんどくさそうな顔で、準備を始めるハク。どんな注文を付けたんだか……。


メジャーカップで数々のスピリタスをシェイカーに入れながら、もう片方の手では正確に氷を砕いていく。

押さえは万力を使い、しかも目を向けていないというのに、綺麗な氷球が出来上がっていく。見事な腕の冴えだ。

やがてシェイカーを振り始め、その動きは徐々に激しくなっていく。

不意に、シェイカーが宙を舞った。鮮やかにシェイカーを舞わせ、踊らせ。カクテルを作るというより、まるでそれは一種のパフォーマンス。


やがてハクの手元に降りてきたシェイカーの蓋が開けられ、グラスにカクテルが注がれる。


「はい、メイコさん。カオス・スピリタスです」

「ありがと」

「カイトさんも……オンザロック・リキッドオキシジェンです」

「ありがとね、ハクちゃん」

「はい、ルカさん。ハートブレイカーです」

「あ、ありがと……ってえ!? いつの間に作ってたの!?」

「さっきです。鰹出汁云々の話をしてた時に。ハートブレイカーは作ってから数分置いたほうがおいしくなるし、カオス・スピリタスとオンザロック・リキッドオキシジェンは集中しないと私が危ないので、先に作っておいたんですよ」

「そ、そうなんだ……」


珍しくルカが目を真ん丸にしている。

そんな間にも、メイコとカイトはすでに飲み始めていた。


「あんたまた腕あげたんじゃない?」

「そうだね! なんか前よりおいしくなってるよ」

「ふふ、毎日ずっとここにこもって練習してますから」


にこやかに笑うハクの隣で、ルカさんが何気なくつぶやいた。


「……でも、時々はうちに遊びに来てくれてもいいんだよ?」


途端にハクの動きが止まる。メイコとカイトも、思わずグラスを置いた。


「……え? え、私、何か変なこと言った……?」

「……いや、ルカさんはなんも悪くないよ。なぁ、ハク?」

「え……ええ、そうですね。あはは……」


ルカさんはきょとんとしている。メイコたちはまた、何もなかったかのように飲み始めた。

オレンジジュースを用意し始めたハクを小さな声で呼び寄せて、俺は小さな声で話しかけた。


「……まだ、力がばれることで悩んでいるのか?」

「……はい……」

「……遊びに行くぐらいならそうそうばれやしないし……ばれたとしても、ミク達がそんな気にするような力でもないさ。気兼ねすんなよ」

「……ありがとうございます。ちょっと待っててくださいね、もうすぐできますから」


軽くシェイカーを振り回して、グラスに注いだオレンジジュースを俺に手渡した。


「はい、どうぞ……」

「おう、サンキュ」


オレンジジュースを少しづつ喉に流し込む。

うん、少しくせがあって面白いオレンジジュースだな……………。





―――――この時。

俺は気づいていなかったが―――――ルカさんはふと、小さな異常に気が付いた。


(……ん? この香り……常温のウォッカの臭い? カイトさんのは極低温のウォッカだし……それにあのめーちゃんのにやにや笑いとハクさんの少し心配したかのような表情……)


(……っ!! ま……まさか!!?)


「Turndog!! それ呑んじゃダメっ!!」

「ん?」





「それはオレンジジュースじゃなくてスクリュードライバ―――――――――」





ルカさんが最後まで言い終わる前に俺はオレンジジュースを最後まで飲み切り。





その瞬間、意識がぶっ飛んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

dogとどっぐとヴォカロ町! Part5-1~『whine&wine』とバーテン・ハク~

ネルちゃんと対なす亜種、ハクさんの登場です!
こんにちはTurndogです。

因みに本編ではまだ4回しか出てきてません。
何せいる場所が町はずれのバーですからね。
力は……まだ明かせないので、戦いにも参加できませんし。
出番が少ないことに定評のあるハクさんです(おい

カオス・スピリタス(http://piapro.jp/t/aFBB)とオンザロック・リキッドオキシジェン(http://piapro.jp/t/ew_l)については本編のほうで振り返ってもらうとして……
『ハートブレイカー』:ジンやベルモット、ウォッカや様々なリキュールなど、十種類以上の酒を使った豪華なカクテル。味は絶品だが飲んだ瞬間血圧が急上昇し最悪の場合心破裂をも起こしかねないためこの名がついた。ボカロにしか飲めない『毒テル』リストに載っている。
……ハクさんこんなんばかり作ってるわけじゃないからね?www
(全然関係ないけど、書き始めたころは『ハクさん』って呼ぶ年頃だったのに、そろそろ『ハク姐さん』とか呼んでもおかしくない年頃になってきたよ。ルカさんに至ってはあと2年たったら『ルカ』って呼び捨てにできるんだぜ?びっくりだよおい。)

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投稿日:2013/07/28 19:27:35

文字数:4,535文字

カテゴリ:小説

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