その日の夜、俺は晩飯の後で、姉貴に訊いてみた。
「今日、クオから映画のDVD借りてきたんだけど、姉貴も見る?」
「何借りたの?」
「『ブレインデッド』ゾンビ映画。ピーター・ジャクソン監督」
ちなみに、姉貴は変な映画が結構好きだったりする。弟の俺でも、姉貴の映画の趣味をはっきりとは把握していない。
「ピーター・ジャクソン……ああ、『乙女の祈り』の監督ね」
「姉貴……そこは『ロード・オブ・ザ・リング』の監督ね、って言うところじゃないの?」
「いちいちうるさいわよ。……そうね、私も見ようかな」
というわけで、食後は姉貴と二人で映画鑑賞会になった。
「何あの格好、ありえな~いっ」
「今切断した手、どう見ても作り物……」
「人間の解体シーンなんて、下手にリアルでも困るわよ」
「ひっどい親だなあ」
「主人公! 変だって気づきなさいよ!」
「神父さんがなんでカンフー?」
「これ……うるさいスジから冒涜って言われない?」
「この頃はまだ無名だから、チェックされてないんじゃ?」
「っていうかゾンビって死んでるんでしょ? 子供なんて作れるの?」
「俺に訊かないでくれよ」
「うわーっ……あのおじさん、実は強かったのね」
「主人公やっと目覚めたか……って、遅いだろっ!」
「これって一応ハッピーエンドなのかしらね?」
「じゃないの? ゾンビはやっつけたし、うっとうしい母親は死んだし、恋人もできたんだから」
姉貴と二人で画面に突っ込みを入れながら見ていると、あっという間に映画は終わってしまった。何せ突っ込みどころがありすぎる。でも、映画として見るとちゃんと面白い。ストーリーも、ちゃんと一本の軸が通してあるし。
「あ~面白かった。こんなに笑えるゾンビ映画は確かに無いわ」
ビールを飲みながら、姉貴はそんなことを言った。
「姉貴はゾンビ映画って怖がらないよね」
今日もけらけら笑いながら見ていた。
「今のをどうやって怖がれというのよ」
「これだけ血と肉片が飛ぶんだから、気分悪くなる人はいると思うよ。グロがいきすぎてギャグになってるのは認めるけど」
「なんというか、ゾンビ物って作り物くさくて怖がる気になれないのよね。心理系だと確かに怖いと思うんだけど。で、どうしたのよ急に」
俺は今日、クオの家であったことを姉貴に話した。
「うーん……まあ、その辺りは個人差が大きいから。駄目な人は駄目なんじゃない? 私の知り合いにも、ホラー映画って聞いただけで逃げ出しかねない人いるし。そいつ、男なんだけどね」
それも結構すごいな。
「姉貴は、その人にホラーを見せてみたいって思ったりする?」
「ちょっとは思うかな? ま、実際にはやらないけどね。泣き出されたりしたら寝覚めが悪いでしょ」
そりゃそうだ。今日、そういうことにならなくて良かったかもしれない。
「姉貴はさ、映画のジャンルだったら何が一番好き?」
ふと思いついて、俺は姉貴に訊いてみた。
「難しいこと訊くわね……」
姉貴は考えこんでしまった。
「難しいか?」
「だって、面白いジャンルっていっぱいあるし。だから一番を選べと言われると迷うのよね。あんただって、SFとホラーとどっちが好き? って訊かれたら返事に詰まるでしょ?」
「……確かに。じゃ、特に好きなジャンルをあげてみて、って言われたら?」
「特に好きなジャンル? そうねえ、まずはアクション全般でしょ。それからコスチューム物もいいわね」
えっらい差がある組み合わせだな。
「ホラーも好きだし、最近はファンタジー物も面白いのが増えてきたし……」
姉貴は楽しそうにあれこれと作品の特徴を交えて話し始めた。うーん……。
「どうしたのよ、難しい顔して」
「いやさ、今姉貴に、好きな映画のジャンルについて訊いたら、そうやってばーっと喋りだしただろ」
「訊かれたら大抵は喋るもんじゃない?」
だよなあ。じゃ、なんであの時、巡音さんはああいう反応だったんだろう?
「訊いたら黙られちゃったんだよ」
「誰に?」
「クオの家で会った初音さんの友達」
クオは何度か家に遊びに来ているので、姉貴はクオの家庭環境のことは大体把握している。
「あんまり言いたくないジャンルが好きだったんじゃないの? ミリタリー映画とか」
「それって言いたくないジャンルになるわけ?」
「『フルメタル・ジャケット』が好きです、なんて男の子の前じゃ言いにくいわよ。変人扱いされちゃう」
巡音さんは『フルメタル・ジャケット』を好きそうには見えないんだが……。っていうか、それは姉貴が好きな映画じゃないか。男の前でそれ言って変人扱いされた経験でもあるんだろうか。
「『椿姫』を読むような子なんだけど」
「別に両方好きでも変じゃないでしょ」
そりゃそうだが……あの時の反応は、そういう感じじゃなかったんだよなあ。
「そもそも『フルメタル・ジャケット』は不憫な映画なのよ! 真面目なテーマを扱った作品なのに、リー・アーメイのおかげですっかりネタ扱いされてるんだから!」
俺が考え込んでいる間に、姉貴はなにやら熱を込めて喋り始めた。何も俺の前で熱弁しなくても……。やっぱり姉貴、誰かにドンビキされたんだろうなあ。
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