注意書き

 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 リンの次姉、ハクの視点で、彼女の実母が出て行く前~出て行った後のエピソードです。
 年齢を考えてひらがなばかりにしたので、読みにくいかもしれませんが、ご了承ください。


【ママ、かえってきて】


 さいきん、ママがなにかおかしい。ぜんぜんあそんでくれないし、かなしそうなかおばかりしている。
「ママ、きょうのおやつはなに?」
「…………」
「ママ、あたし、ママとおでかけしたい」
「…………」
「ママ、リンがさっきからないてるよ。どこかぶつけたみたい」
「…………」
 ねえ、ママ。どうして、おへんじしてくれないの? どうして、こっちをみてくれないの? ママ、あたし、なにかいけないことしたの?
「ねえ、ママ、ママってば!」
「……ハク、むこういってなさい」
 あたしは、ママのへやからおいだされてしまった。どうしてママは、あたしとあそんでくれないんだろう? ちょっとまえまでは、たくさんあそんでくれたのに。
 なみだがでてきた。あたしがなきながらろうかをあるいていると、あいたくないひとにあってしまった。あたしたちの「かていきょうし」とかいうひと。あたしとおねえちゃんに「おべんきょう」をおしえるのが、このひとのおしごとなのだ。
「ハクおじょうさま、こんなところにいたんですか。おべんきょうのじかんですよ」
「おべんきょうなんかしたくないもん……」
「わがままをいうんじゃありません」
 かていきょうしはあたしのてをつかんで、おべんきょうようのへやへとひきずっていった。おべんきょうのへやには、おねえちゃんがいて、ノートにせっせとなにかかいている。
「ほら、ルカおじょうさまはああやってまじめにおべんきょうされてますよ。ハクおじょうさまも、ルカおじょうさまをみならって、ちゃんとおべんきょうしましょうね」
 おねえちゃんがこっちをちらっとみた。……おねえちゃんなんか、だいっきらい。
 おねえちゃんは、「かんぺきないいこ」だ。「かんぺき」ということばのいみはよくわからないけれど、パパもかていきょうしも、おねえちゃんのことを「かんぺきないいこ」といって、ほめている。おねえちゃんは、いつもちゃんとおべんきょうしていて、おべんきょうができて、おぎょうぎがよくて、いたずらなんてぜったいやらないから「かんぺきないいこ」なんだって。「みならいなさい」って、ふたりによくいわれる。みならって、「かんぺきないいこ」になりなさいって。
 ママだけは、おねえちゃんをみならわなくてもいいといってくれた。ママがいうにはおねえちゃんは「かんぺきすぎるいいこ」で「きみがわるい」って。おねえちゃんのまねなんかしなくても、あたしは「かわいい、いいこ」だって、そういってくれた。……ちょっとまえまでは。
 いまは、ママは、かなしそうなかおをしているだけで、あたしのことを「いいこ」とは、いってくれない。
 しかたがないので、あたしは、ノートをひらいておべんきょうをする。おべんきょうはきらいだけど。かていきょうしが、あたしのノートをみて、ためいきをついた。
「ハクおじょうさま……じはもっとていねいにかきなさいと、なんどいったらわかるんですが。それに、ふちゅういからくるまちがいもおおいです。まったく……やはり、もともとのできがちがうんですかねえ。ルカおじょうさまは、これくらいのねんれいのときから、ちゃんとできていたんですが」
 あんたもだいっきらい。おねえちゃんもあんたも、いなくなっちゃえばいいのに。


「ねえ、ママ。でかけるの?」
「そうよ」
「あたしもいっしょにいく!」
「ハクはだめ。おべんきょうがあるでしょう? おるすばんしていてね」
「おべんきょうなんかやだ! ママといっしょがいい!」
 このごろ、ママはよくでかけるようになった。きれいにおめかしして、くらくなるまでかえってこない。
 まえは、おめかししてでかけるときは、あたしもつれていってくれた。あたしもきれいなふくをきせてもらって、かみにリボンをむすんでもらって、デパートやレストランにつれていってもらっていた。あたしとママがそうしていると、とおりかかったひとが「かわいいおじょうさんですね」っていってくれて、ママはとてもうれしそうに「ええ、そうでしょう」っていっていた。
 でも、さいきん、あたしはつれていってもらえない。ずっとおうちでおるすばん。つまんない。
「おべんきょうなんかつまんない。ママといっしょにおでかけしたい!」
 ママはためいきをついて、あたしのあたまをなでた。
「きょういくところは、こどもをつれていけないの。ハクのすきなケーキをかってきてあげるから、おるすばん、おねがいね」
 ケーキなんかより、ママといっしょがいい。でも、ママはでかけていってしまった。あたしをおいて。


 あるひ、あさおきたら、ママがいなくなっていた。
「ママ? ママ? どこにいるの?」
 あたしはひろいいえじゅうをはしりまわって、ママをさがした。でも、どこにもいない。
「ねえ、ママはどこにいるの?」
 おてつだいさんにきいてみたけれど、こまったかおであたしをみるだけだった。ママはどこにいるんだろう? そこへ、おねえちゃんがやってきた。
「おねえちゃん、ママはどこ?」
「しらない」
「ねえ、いっしょにさがして」
「だめよ。これからべんきょうするんだから」
 おねえちゃんは、いってしまった。……おねえちゃんは、いつもそう。もしかして、ママのことが、きらいなのかな。……きっとそうだ。
「ママ……」
 あたしがすわりこんでなきじゃくっていると、パパがやってきた。
「ハク、かていきょうしのせんせいがさがしていたぞ」
 ……ママじゃないの?
「ねえ、パパ。ママはどこにいるの?」
 あたしがそうきくと、パパのかおがきゅうにこわくなった。
「……でていった」
 どういうこと?
「でていったって?」
「おまえのママは、このいえをでていったんだ。もうもどってこない」
 あたしは、パパのいうことがよくわからなかった。ママがいえをでていって、もうもどってこないって……。そんなのおかしいよ。
「パパ、なんでママはでていったの? ここはパパとママとあたしとおねえちゃんとリンのいえだよね? どうして、ママがでていくの?」
 あたしがそうきいたら、パパはおこりだした。
「でていったといったらでていったんだっ! いちいちせんさくするんじゃないっ!」
 ものすごくこわいこえだった。あたしはこわくなって、そのばからにげだした。じぶんのへやにかけこんで、ベッドにとびこんで、ずっとないていた。
 そうやって、ないて、ないて、ずーっとないて、そのままねむってしまった。ねむってしまったあたしは、ゆめをみた。ママのゆめ。ゆめのなかのママは、わらってあたしのあたまをなでてくれた。とてもしあわせなゆめだったから、さめてほしくなんかなかった。
 めがさめるとやっぱりママはいなくって、あたしはもういちどないた。


 どうして……。
 どうして、ママはでていっちゃったの?
 あたしをおいて、いっちゃったの?
 あたしもつれていってほしかったのに。
 あたしがママにあいたいってなくと、パパはおこる。
 おねえちゃんは、ママがいなくなっても、へいぜんとおべんきょうをしている。
 リンは、ちっちゃすぎて、なにもわかっていない。
 ママ、おねがい、かえってきて。あたし、ママといっしょがいいの。
 ママさえかえってきてくれたら、あたし、ほかにはもう、なにもいらないから。


 けっきょく、ママは、かえってこなかったし、あたしをむかえにきても、くれなかった。
 それどころか、このいえには「あたらしいママ」がやってきた。あたしの、ほんとうのママとは、にてもにつかないママ。そのひとは、あっというまにいえにはいりこんで、まえからいたみたいに、ふるまっている。
 あんなひとがいたら、ママがかえってこれないじゃないの!
 だからあたしは、あのひとのことを、ぜったいにママとはみとめないことにした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その二【ママ、かえってきて】

「最低な家庭教師」って思った人もいそうです、この話。
まあ、そんなの雇ってる時点で、ここの家は問題だらけってことなんですが。

ハクとリンの実母が出て行った理由は、そのうち本編の方で出てくる予定ですが、勘のいい人なら、もうわかっちゃってるでしょうね。

閲覧数:1,114

投稿日:2011/08/13 22:32:50

文字数:3,348文字

カテゴリ:小説

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