わたしが立てた作戦は完璧だった。まず、わたしがリンちゃんを「映画でも見ない?」と言って家に呼ぶ。そして同じ日に、クオがやっぱり映画を口実にして、鏡音君を連れてくる。後はわたしとクオが喧嘩をする振りをして、二人だけ部屋に残して出て行ってしまうのだ。これで、リンちゃんと鏡音君が部屋の中で二人っきり、という、非常に美味しい状況ができあがることになる。
クオはうまくいくわけないだろう、という態度を崩さなかったけれど、鏡音君を呼ぶことは呼んでくれた。なんでも、このために鏡音君の見たがっていた映画のDVDを買ったらしい。ありがと、クオ。
わたしもリンちゃんに電話をかけて話をする。こっちは簡単だ。リンちゃんは基本的に、わたしの誘いは断らない。二つ返事でわたしの家に来ることになった。
そして当日。わたしとクオは予定どおり、ホームシアタールームで鉢合わせして喧嘩した後、「話をつける」と言って、部屋を後にした。お二人さん、ごゆっくり。
「ところで、第一段階(二人を呼び出して、二人だけにする)はうまくいったけど、この後はどうするんだ?」
部屋で、クオはこう訊いてきた。
「適当なところで部屋に戻って、四人で映画を見ましょう。何も見ないと変だと思われるし。うまくいけばこれで更に親密度がアップするはずよ」
一緒に映画を見たら、きっと親近感とかも沸いてくるだろうし。クオも異論はなさそう。
「ミク、映画は何を見るつもりなんだ?」
「ラブコメよ。とびきりキュートな奴」
えりすぐりのを用意したもんね。可愛くて、ちょっと笑えて、うっとりできるような奴。これを見たらきっとリンちゃんだってその気になるわ……って、クオ、なんで不満そうな表情になるのよ。
「先に俺が選んだ奴見てもいいか?」
「何?」
「ホラー映画」
……ちょっと!
「わたしがホラー嫌いって知ってるでしょ?」
クオは、なんでだか知らないけどホラー映画が好きだ。正直、わたしには理解できない趣味だったりする。あんな気持ちの悪い映画のどこがいいのかしら。
ところが、わたしが顔をしかめていると、クオはこんなことを言い出した。
「おい、ミク。お前、二人の仲を取り持ちたいんだろ。だったらホラーを見せた方がいい」
なんでそうなるのよ。
「どうして?」
「うまくいけば、巡音さんが怖がってレンに抱きつくかもしれないぞ」
え……。でも、リンちゃんがそんな簡単に抱きつくかな……。
「うーん、でも……」
「ミク、アメリカじゃホラーはデートムービーの定番だ。きゃーっ怖いって抱きつかれたら、どんな男だって悪い気はしないっ!」
妙に力を込めて、クオはそう力説した。ガードの固いリンちゃんが、幾ら怖くても抱きつくとはちょっと思いにくいんだけど、震えて怖がったりしたら、男の人の目には可愛らしく見えるかもしれない。
「絶対ホラーの方が盛り上がるって! 俺を信用しろ!」
正直、ホラーは嫌だ。でも、画面を見ないようにしていれば大丈夫よね、きっと。
「うーん、なら、いいけど……」
クオ、ガッツポーズして喜んでいる。そんなにホラーが好きなの?
「ミク、お前も映画が始まったら俺に抱きつけ」
「なんでそうなるのよ?」
「巡音さんがお前に抱きついたら困るだろ。先にお前が俺に抱きついておけばそれを防げるじゃないか」
「…………」
とりあえず、わたしはクオの頬っぺたを力いっぱいつねっておいた。
ホームシアターの部屋に戻ってみると、リンちゃんと鏡音君は気まずそうな表情で座っていた。……おかしいわね。今頃談笑しててくれるはずだったのに。何か問題でもあったのかしら。
とにかく、今は映画よっ。そんなわけで、わたしはリンちゃんの隣に座った。わたしの隣はクオの為に開けておく。
そうして、クオが選んだホラー映画とやらを見ることになったんだけど……正直、わたしにはとてもじゃないけど耐えられなかった。何なのよぉっ! なんでいきなり流血沙汰なのぉっ!? ぷつっとキレたわたしは思わずクオの首を絞めてしまい、ホラー映画鑑賞はそのままストップになった。
まあそんなわけで、結局残りの時間はわたしが選んだラブコメ映画を見ることになった。……クオは、ずーっと不服そうにしていたけれど、仕方がないでしょ。なんでホラーなんかが好きなのよ。
映画を見てお昼を食べて、もう一本映画を見ておやつ――ちなみに、おやつはリンちゃんが持ってきたケーキだ。相変わらず美味しかった――を食べると、リンちゃんは門限があると言って帰ってしまった。……あそこのお父さん、異常に厳しいのよね。門限を破ったりしようものなら、リンちゃんは一ヶ月は外出禁止だ。うちのお父さんですら、リンちゃんのお父さんのことは「うーん、ちょっと、あの人はなあ……仕事の上では問題ないんだが……」と言っている。わたしのお父さんがそう言うってことはよほどのことだ。実際、ああいうこともあったし。
ああいうことってのは何かって? あれはわたしたちが小学校に入ったばかりの頃だった。わたしの家に遊びに来たリンちゃんに、わたしは当時ハマっていた少女漫画を見せた。リンちゃんがもっと読みたいというので、わたしはリンちゃんに漫画を何冊か貸してあげた。リンちゃんは大喜びで漫画を持って帰り……。
そして、その夜。リンちゃんのお父さんが苦情の電話をかけてきた。娘に変なものを見せないでくださいって。言っておくけれど、わたしが当時読んでいたのは、小学校低学年向けの、たわいもない内容の漫画だった。過激な内容でもない。ほのぼのした、本当に普通の少女漫画。
次の日、リンちゃんはしょげかえって漫画を返しにきた。お父さんに、ひどく怒られたらしい。あんなくだらないもの見るんじゃありませんって。あんまりよね? わたしは、リンちゃんがあまりに落ち込んでいるので、うちに遊びにきたときこっそり読めばいいよって言ったんだけど、リンちゃんは、あれ以来、漫画に手を触れなくなってしまった。
後でわたしは自分のお父さんから聞いたんだけど、リンちゃんのお父さんは、あの時、電話口で漫画の害について延々と喋り倒したらしい。あんなもの読ませるとバカになるとか、勉強しなくなるとか、子供のためにならないとか、そんなことだ。うちのお父さんは自分が漫画が好きなので、あ~そうですかと聞き流していたらしいんだけど、リンちゃんのお父さんが「あんなもの読ませるなんて、お宅の教育方針はどうなっているんですか」と言った辺りで、さすがにカチンと来て、「それは、こちらへの戦線布告と受け取ってよろしいのかな?」と冷たい声で言っちゃったんだそうだ。それで向こうもお互いの立場――わたしのお父さんの経営する会社と、リンちゃんのお父さんの経営する会社は、大きな繋がりがあるので、トップ同士が喧嘩するわけにはいかないのだ――を思い出して、黙っちゃったんだって。さすがはわたしのお父さんよね。わたしのお母さんは、お父さんはいつも自分をお姫様みたいな気分にさせてくれるって言ってるの。だから、わたしも、将来結婚するとしたら、絶対にそういう人がいいの。これは譲れないわ。
さてと、鏡音君も帰っちゃったし、作戦の第二弾を考えなくちゃ。何がいいかしらね? クオももっと積極的にアイデア出してくれればいいのに。
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