「…」
「…」

物凄く気まずい空気に耐えられなくて、俺はちらっと隣を見た。間髪入れずに剣呑な目で睨まれて、慌ててまた視線をさ迷わせる。

どうしよう。
どうしよう。
どうしたら良いか分からない。

「…おい」
「はいいぃっ!?」

地の底から響いてくるような声に、体が勝手に飛び上がる。何て言うか、なまじ聞き慣れた声そっくりだからタチが悪い。
まあ…そっくり、って言っても、そこには確かに決定的な違いがあるのだけど。
びくびくと身を震わせながら改めて横を向くと、盛大に舌打ちをされた。ちくしょー。

「ったく、小娘みたいにおどおどしやがって…お前それでも男かよ」
「わ、わ、悪かったなっ!俺だって混乱してるんだよ!」
「へーえ?随分繊細なココロをお持ちですねー、レン君はー」
「だああああああッ、だからさっきから一々厭味たらしいんだよ!」

座っていたソファーから勢いを付けて立ち上がり、その勢いのままそいつに指を突き付ける。
俺と同じくらいの身長、同じ年齢、同じような服装の少年。ただしこいつの上着ははノースリーブ、ズボンはロング丈だ。
悔しいけど、そのせいで外見年齢は俺より上にも見える。でもって肩まで伸びた金髪に癖はなく、青い目は凍るような余裕を湛えている。ちゃんとヘアピンで前髪を無造作に留めていたり、白リボンを首に巻いているのがなんだかムカツク。

こいつの元となった俺の片割れはあんなに無邪気で可愛いのに、なんでこいつはこんなに!


「お前もう黙れよ―――リント!」


というかリン、頼むから早く帰って来て!




<これは堪えらレン>




「あー?お前が鏡音レン?」

何が問題って、こいつはチャイムもノックも無しにずかずかと俺らのフォルダに上がり込んで来て、上から目線で言って来たのだ。

「ったく、リンはこいつのどこが良いんだ?単にショタショタしいだけの軟弱野郎じゃねえか」

ショタショタしいって、何!?よりによって初対面の相手にそういう単語使うか普通!?ないだろ!失礼にも程があるだろ!
余りに衝撃的過ぎて、読み掛けの雑誌を手にぱくぱくと口を開閉させるしかない俺の反応を待つ事なくそいつはフォルダの中を見て回る。俺達の歌った曲の楽譜とか、タイムスケジュールとかを自然に見て回り…その手がアルバムに掛かったところでやっと俺の硬直が溶けた。

「ちょ、おま、待て待て待て!何勝手にヒトの家ん中探索してんだよ!てかお前誰!?」
「あぁ?そんな事もわかんねーのかよ。使えねえなぁ」
「使え…!?」
「見て分かるだろ、俺が誰かなんてさぁ」
「は、はあ!?」

見て分かるもなにも、お前に見覚えなんて―――…

…そう言おうとして思い止まる。
パーツごとに見れば、見覚えがあったからだ。良く聞けばなんだか声も…似てるような…
まじまじと見つめる俺の視線を欝陶しがったのか顔を歪め、そいつは蝿でも追い払うように手を振った。

「分かっただろ?俺はリン。正確には、リントだ」

いやでも、リンは女の子で。
でもこいつは、その、どう見ても。

「…男ぉー!?」

どういう事!?

「ちょ、だってリン今日はレコーディングで、えっ、マスター!?マスターのせい!?リンがお前になったのかよ、うわ、最悪!」
「五月蝿い」

…気がつくと頬が痛かった。どうもこいつは、口より先に手が出るタイプらしい。それは確かにリンもそうだ…けど!
認められなくて、というか認めたくなくて呆然と立ち尽くす俺の顔に、さっきまで読んでいた雑誌が被さる。リントが投げて寄越したらしい。

「落ち着けよ、俺はお前のリンじゃねえ。元データは確かにそうだけど、俺にもちゃんとレンがいる。レンカだ。あいつは今お前のリンと合流してるだろうよ」
「レンカ…」

リントとレンカじゃ一文字違いじゃないな、なんて馬鹿な事を考える。分かってる、現実逃避だ。
でもそこで俺は重大な事に気付いた。

「ちょっと待て。えーと、女のリンに対応するのが男のリントなら、男の俺に対応する、そのレンカってのは」
「女だ。よかったなショタ野郎、労せずして自分の女装姿が見れるぞ」
「はああああああっ!?何だそれ!」

女姿の自分!?見たくない。しかもリンとリントの似方からするに、俺とレンカも相当似ているんだろう。百万歩譲って仕事で女装は、まあ、仕方ない。ただその実物を自分が目の当たりにしないといけないとか…無理!絶対嫌だ!

「しかもお前さっきからショタショタって、俺はそう言われるのは嫌なんだよ!中学生がショタとか無理だろ!」
「まあ、俺もロリショタカテゴリは小学校までが限界…って何言わせるんだテメェ。捩切るぞ。俺がお前をそう呼ぶのは、断じてお前を『レン』とは呼びたくないからだ」
「は?何だよそれ…ってまさか」
「俺が『レン』と呼ぶのはレンカだけだ」

さらりと言われた言葉は、そこだけ聞けば格好良い。
ただ、問題はこの理念のせいで俺の自尊心が窮地に陥っているという点だ。っていうか何、普通『リン』と『レン』ってお互いを尊重するんじゃないの?何で俺ここまで酷い扱い受けなきゃなんない訳?

「じゃあ、せめて別の呼び方を…」
「仕方ない。呼び方変えてやるから感謝しろヘタレン」
「なんでそういまひとつキマらない呼び方をチョイスすんだよ!しかも何故恩着せがましいんだ!」
「五月蝿いな、俺はお前が『レン』だってのにいらつくんだよ。うちのレンはお嬢系なんだ…なのにどうしてこんな、頭悪そうなガキがオリジナルなんだよ。不条理だ」
「お嬢…つかそれ俺に言われても。しかも今さりげに頭悪そうとかガキとか言ってたろ!不条理って言いたいのはこっちだよ!」
「おまけに直情的な単細胞と来た。あぁ、ちなみにレンカは腹黒いぞ」
「…腹黒お嬢か…」

勝てる気がしない。というか、一緒にいるといううちのリンは大丈夫なんだろうか。ふわふわした所があるから、そこを上手く掬われて変な契約とか結ばされていないだろうか。虐められていないだろうか。
急に心配になって、意味がないと知りつつもそっとフォルダの入口を見る。勿論、まだそこには誰の姿もない。

「つうかヘタレン」
「…何」

いつの間にかアルバムを開いていたリントの目が、きらりと冷たく光る。絶対零度の視線に曝され、凍りそうな心が断末魔の悲鳴を上げそうになった。怖い、素直に怖い。一体この凄みって何処から来てんの!?
「この写真どう見てもリンの寝顔の盗撮なんだけど…なあ、これ撮ったの、お前?」

はい、とはとても言えない。
おまけに実際盗撮でした、とか言ったら俺の命が終わる気がする。
一番賢明なのは口をつぐんで知らないフリをすることだ。
とりあえずソファーに座ってだんまりを決め込んでみる。意外と気分が安らいだのは、リントとの対話が精神的に負担だったんだろう。…多分。

ようやく落ち着いた気分になると、不意に右隣りでソファーのシートが沈む音がした。

え、ちょ、なんでよりによって隣に腰掛けるんですかリントさん。
継ぐべき話の穂も見つからず、じんわりと部屋に広がり始める沈黙が少し居心地悪い。でもどうすることもできず、今に至る。









ちくたくちくたく、時計の針が当たり前のような顔をして時を刻む。あ、いや、電子空間の中の話だから本物の時計ではないんだけど。リンが気に入って拾ってきたガジェットだ。
なんかもう限界、と思いかけていたとき―――救いの天使はやって来た。

「ただいまー!」
「リン!」

聞きなれたその声に喜び勇んでソファーから立ち上がる。ぱたぱた、と軽い足音を立てながら俺の片割れがフォルダに入って来た。

そして、彼女は満面の笑みを浮かべる。

「リ」

ほっとして声を掛けようとした俺を見事にスルーし、リンは輝くような笑顔のままで未だにソファーに座り込んだままの奴の所に駆け寄った。

え、何…スルーですか。なにげに俺、かなり傷ついたんですけど。

錆び付いたような首を必死に動かしてソファーを見ると、リンが全身を使ってリントに抱き着いているところだった。なにそれずるい、けしからん。動物の耳みたいにぴこぴこ動くリボンがえらく可愛いのが俺の嫉妬に火を注ぐ。

「あぁーっ!キミがリントくん?うわぁ、本物だあ!すごい、カッコイイ!」
「お前、リン?」
「そうだよ!リントくんとレンカちゃん、あんまり長くいられないんでしょ?会えてよかったぁ」
「…お前ら二人ともテンション高いのな」
「十四ですから!設定はデフォルトのままだよ?」
「へえ」

な…なんでリン、あんな普通に話が出来るんだ!?『リン』同士馬が合うのかな…いやでも悔しい!
ぎりりと歯を噛み締める。同じ顔できゃっきゃするなんて、

「天国じゃないか!ああ、リントがもうちょっと友好的だったらなあ」
「その通…………っ!?」

自然に相槌を打ちかけたところでいつの間にか背後に立っていた存在に気付き、急いでその場から飛びすさる。
誰が立っていたのか―――少し後ろに目を向けた途端、頭を過ぎった予想が正解だと気付いた。嬉しくないけど。

「そう、そんな事考えてたの。二人のリンに挟まれてハーレム?身の程を知りなさいな」

癖のある金髪が、一部ヘアゴムで結ばれている。
そしてスリーブ付きの服とひらひらしたスカート…つまり。

「レンカ、か」
「そう。よろしくしなくていいわ、レン君。あなたどう見てもダメ男まっしぐらだし」
「悪かったな!てか待って、『レン』もこんな性格って…どれだけ性格破綻した鏡音ペアなんだ…」

力が抜けて、がくり、と床に膝をつく。
見たくない、というかいっそ夢であってくれ。夢でなくても良いから早くうちから出ていってくれ。俺の平穏を乱さないで、お願いだから。

「あら、もう疲れたの?あれね、あなたリンちゃんをお姫様抱っこすることだってできないタイプでしょう」
「だな。うわぁ、哀しい奴…なあリン、こんなヘタレ放り出してやれよ。少しは世間の荒波に揉まれて育つだろ」
「耐え切れず溺死してしまうかも。ふふ」
「そ、そんなことないよ!」

慌てたようなリンの言葉に、俺は俯いていた顔を上げる。リントとレンカの正面に立って必死な顔をするリン。何だかその背中に純白の羽が見えるような気がした。
そうだよな、リン。誰が俺の敵になろうと、リンだけは俺の味方でいてくれる。
それが俺を救

「確かにレンは私より力もないし、ミクちゃんより背が低いし、お姉さんやお兄さんからは愛玩されてるよ!」



………………あれ?


なんだろう。
庇われているはずなのに、なんで…どうしてこんなに心が…

「だけどレンはレンだもん!ぜんぜんイケレンじゃなくたって、私の大切なレンなんだから…リント君もレンカちゃんもそんな風に言わないで!」

しかもどうしてリントとレンカの目が俺を憐れむように…

「お姫様抱っこだって、私がレンを抱っこできるから大丈夫だよ!」
「どうせ俺は非力なショタ野郎だよ―――――――――――――!!」

俺はその場から、脱兎のごとく逃げ出した。
本当に心を抉るのは純真な心から放たれた真実だ。分かっていたのに、分かっていたのに…っ!




「…あれはちょっと可哀想だわね」
「…ま、頑張れヘタレ」




「えっ、どうしたのレン!レン―――!?」

後ろからリンの声が追ってくるのを複雑な気持ちで聞きながら、俺はひたすらに走っていった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

これは堪えらレン

リントを書きたくてやったら根性が悪くなりました。
ちなみにレンカの名前はカレンからです。レンの少女版の名前って、定説あるのかな…レン子とか?
そしてヘタレンです。少年ぽくしようとしたら、なぜか駄目な子になりました。
ん?あれおかしいな、頭の中で最近イケレンを見かけないぞ?

閲覧数:1,666

投稿日:2010/09/28 23:22:17

文字数:4,720文字

カテゴリ:小説

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  • 芙蓉

    芙蓉

    使わせてもらいました

    こんにちはー。sharllです。
    前にも一度見たのですが、もう一度見に来ました。
    うん。確認の為に。
    最近部活内をボカロの小説化して書いてみようと思ったのですが、
    あたしはメイコの方が似合うと言われたんですよ。
    でも、小説の構成をしていてふと思ったんですね。
    翔破さんの考えるレンカちゃんの方が共感できる節が多いと。
    とゆーことなので、非常に勝手ですがレンカちゃんお借りします!

    2011/08/06 16:37:53

  • ピロ

    ピロ

    ご意見・ご感想

    こんにちは~面白そうだったのでよみにきました^^
    いや~これはたえられないねWWWレンの気持ちよくわかるよ。
    とちゅうから笑ったりして楽しく読ませてもらいました!
    っていうかちょっと文章力指南して!

    2011/07/20 23:39:54

    • 翔破

      翔破

      コメントありがとうございます!ちょっと私用でお返事できなくてすみません…。
      これを書いているときには、いかにレンに苦労を掛けるか考えながらやっていました。がんばれ少年!
      少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
      文章力…は、私もあんまりないもので。好きな物を好きなように書いているだけなのです。
      なので多分正式な文章の書き方からは逸脱していると思います。いつかはちゃんと書いてみたいのですが…

      2011/07/24 04:48:07

  • 梨亜

    梨亜

    ご意見・ご感想

    梨亜です。
    リントが(いや、むしろレンカちゃんが)いい性格していて大好きですwww
    そして、レン。あえて一言言うとしたら、

    ファイトww←


    今回レン(リン)も楽しかったです。リンちゃんの傷の抉り方が素晴らしくてむしろ感動しました!

    2010/09/30 21:59:14

    • 翔破

      翔破

      こんにちは!
      えー、思ったよりもアレな性格になってしまったのでどうしたものかと思いましたが、気に入っていただけてよかったです!レンカちゃん、最初はもっとおしとやかな子になる予定だったんですが…

      リンの傷の抉り方は、ストレートで悪意がないだけざっくりいきます。そんな感じの鏡音ペアも好きなので、どうぞよろしくお願いします。

      2010/10/01 15:36:55

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