昔々、まだ悪魔たちも堕天していないほど昔。
 あるところに、ある王国があった。
 悪逆非道のその王国に君臨していたのは齢十四の王女様。
 お金が足りなくなったなら、愚民どもから搾りとる。
 逆らう者はすべて粛清する。
 全てが全て、彼女のもの……。


「あら、おやつの時間だわ。レン、3時よ。おやつは?」
 王女は少し膨れて一言。
「はい。本日はブリオッシュです」
 僕は笑って答える。
 それを聞いた途端に王女は満面の笑みに変わる。
「やった。早く持ってきなさい。紅茶もよ」
「はい」
 僕も笑って答える。
 ブリオッシュと紅茶を持ってくると、王女はすぐにおいしそうに食べ始めた。
 僕はそれを笑顔で見守る。

   期待の中僕らは生まれた
   祝福するは教会の鐘
   でも
   大人たちの勝手な都合で
   僕らの未来は二つに裂けた
   君は王女 僕は召使

 もちろん悲しくなんてない。
 こんな嬉しそうな、心からのかわいい笑顔を見ていられるのだから。
「レン、紅茶のおかわり」
「はい」
 僕はすぐにカップに紅茶を注ぐ。
 この笑みを見ていられるだけで、僕は満足だ。
 君の笑顔をずっと守りたい。
 そう思い、僕は王女に微笑みかけた。
 きっと王女はどうして僕が微笑んだのか分からないだろう。

 私は王女。名前はリン。
 不自由ない生活を送っている。
 今日も私の駄々を聞いて、隣の国に出かけた。
 私の国とは違う街並みに、私はとても興奮した。
 その時だった。
 私の恋する海の向こうの青い人を見たのは。
 あるとき一度会ったときに、その姿に私は一瞬で恋に落ちた。
 でも、青い人はその隣国で緑の娘と仲良さそうに話していた。
 その瞬間、私は悲しみよりも怒りが先に湧いた。
 私の思い通りにならないものなどない。
 青い人が私に恋しないというのならば…………。
 私は大臣を呼びつけ、静かな声で言った。
「緑の国を滅ぼしなさい」
 そして、召使レンを呼び、悔し涙をしながら言った。
「緑の娘を消して」

 あるとき、僕たちは王女の駄々に付き合って、隣国に出かけた。
 僕たちの国とは一風違った街並み。
 召使と言っても、王女と言っても、まだ齢十四。僕も王女も大いに興奮した。
 その時だった。
 僕が、緑の娘を見かけたのは。
 青い髪の毛の青年と話していたその緑の娘の優しげな声と笑顔。
 僕の心臓は速く、強くなっていく。音として聞こえてしまうのではないかというほど。
 僕は、僕が恋したことに気付くのにそう時間はかからなかった。
 それからというもの、僕と緑の娘は何度か会った。
 彼女は僕に対しても優しげに、もしかしたら、青い青年と話していたときよりもいっそう優しげに笑ってくれた。
 心惹かれあう二人。
 でも、楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
 
   でも、王女があの娘のこと、
   消してほしいと願うなら。
   僕はそれに応えよう。
 
 ある夜、僕は緑の娘を呼びだした。
 心が苦しい。
 どうしてだろう?
 緑の娘がやってくるのを見つけると、僕は作り笑いをした。
 緑の娘もいつもと変わらない優しげな笑顔をし、井戸を超えたあたりで止まった。
 僕の心はもっと苦しくなった。
 どうしてだろう?
「こんばんは」
 僕は出来るだけ平常を装い、いつもと同じ言葉をかけた。
 気づかれたつもりはない。
「こんばんは」
 でも。でも、彼女は。
「レン、今までありがとう。楽しかったわ」
「――――!!」
 彼女は分かっていたのだ。
 どうやって、知ったのかは分からない。
 僕の表情? 僕の仕草? 僕の声?
「……ごめん」
 僕は震える手で彼女を突き刺した。
 これで、王女が笑う。喜んでくれる。
 僕も喜ぶべきだ。
 でも……。

   どうして?涙が止まらない

 
   緑の娘の生とひきかえに
   火種は大きく落とされた
   悪の王女を倒すべく
   ついに人々は立ち上がる
   烏合の彼らを率いるは
   赤き鎧の女剣士
  
 長年の戦争で疲れた兵士など敵ではなかった。
 ついに、私の城は囲まれて、家臣たちも逃げ出した。
 城門は破られ、もうそこまで迫っている。
「どうしよう……レン……」
 心の底からの
 戸惑い、驚き、恐怖。
 こうなることなんて、思いもよらなかった。
「大丈夫だ、僕がそばにいるよ」
 レンの声。いつもと変わらないその声。
「もお……いや……死ぬのはいや……」
 私は死が迫っても、涙が出なかった。
 なのに。
「リン、僕の話を聞いて」
 唐突に発せられたその言葉。
 いつもと変わらない声で発せられたその言葉。
 召使の服を突きだしながら、発せられたその言葉。
「これを着て一人で逃げてください」
「……レン……?」
 私は彼がやろうとしていることが分からなかった。
 いいえ、分かっていても、信じられなかった。
「大丈夫だよ。きっと誰も分からないさ」
「……レン?」
 私は無意識に呟いた。
 驚きのあまり。
 レンの言葉の意味することを知って。
「さあ、はやく」
 そう言ってレンは私に近づく。
「ごめんなさい」
 一言そう言って、レンは私のおでこにキスをした。
 すぐにレンは王座に向かって歩いて行く。私の、王女の服を着て。
 私の眼からは涙が流れていた…………。

「やめて……いかないで……レン!」
 そうリンは僕に言った。叫んだと言ったほうが近いかもしれない。
 でも、もちろん僕は止まらない。
 止まれば、彼女が捕まる。
「さようなら」
 そう僕は彼女に対して最後の一言を言った。
 その時、僕は頬笑っていた。
 緑の娘を殺した時も微笑むことが出来なかったのに、これから自分が死ぬというのに僕は微笑むことができた。
 後ろからは彼女の泣き声が聞こえてくる。
 でも、僕は振り返らない。
 僕はその時初めて、自分の少し高くてリンに似た声に感謝した。

   僕は王女 君は逃亡者
   運命分かつ哀れな双子
   君を悪だというのならば
   僕にだって同じ血が流れてる

 牢屋の中で、処刑を待つ僕は思う。
 これで良かったんだ。
 彼女は其処が全てだと信じたまま。
 愛し方を知らない彼女のために、
 彼女をこのかごから解き放つためには、
 こうするしかなかったんだ。
 これで良かったんだ。
 これでかごが壊れる。
 これで君は、
 解放される。
 そうだ。
 罰せられるのは僕だ。
 自分の恋した女性を殺し、
 国を滅ぼす道を誘った。
 だから彼女は、
 彼女は自由に。
 彼女に世界を、
 本当の愛を教えてあげてほしい。

 昼下がり、断頭台に連れ出される。
 午後3時、教会の鐘が鳴る時間に僕は王女の身代わりとなって殺される。
 後ろ手に縛られたまま、僕は空を見つめる。
 ああ、
 空が広いな。

   悪逆非道の王国の
   頂点に君臨してた
   とてもかわいい僕の姉弟
   たとえ世界の全てが
   君の敵になろうとも
   僕が君を守るから
   君はどこかで笑っていて

 そして、生まれ変われるならば…………。

 
 召使の服を着て城を逃げ出した私は、マントを頭から羽織ったまま歩く。
 私の身代わりとなった召使。
 城に残ったその私の片割れは行方も知れず。
 途方もなく、私は歩く。
 止まることはないだろうと思ったその足は、だが、それに目が止まった瞬間、止まった。
 その掲示板に書いてあったのは…………。

 今日の午後三時、教会の鐘が鳴るのと共に、捕まった王女を処刑する

 気付いた時、私は必死に断頭台に向かって走っていた。
 もうそこにはたくさんの民衆が野次馬となって集っていた。
 そして、断頭台の上には、王女が一人。
「レン!」
 私は叫ぶ。
 だが、周りの熱狂でその声は届かない。
 私は慌て、焦り、戸惑う。
 もうじき教会の鐘が鳴る。
 断頭台の上の執行人の声で、ようやく民衆は黙る。
 
   ついにその時はやってきて
   終わりを告げる鐘が鳴る
   民衆などには目もくれず
   君は私の口癖を言う

「あら、おやつの時間だわ」
 そう言って、レンは微笑んだ。
 ガシャン。
 
 落とされた断頭台の刃。
 涙はもう止まることを知らない。
 私は必死に叫ぶ。
 でも、叫んでも、もう声は絶対にレンには届かない。
 野次馬が過ぎ去っても一人、私はそこで泣いていた。
 
 その弱い十四の少女は手の中にある小瓶を握りしめる。
 彼女は走りだした。向かう先は。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

姫という鳥 城という鳥籠  -悪ノシリーズ-  1/2

こんにちは
ヘルフィヨトルです。
これは悪ノPさんの歌「悪ノシリーズ」の歌詞二次小説です。
まだ続き(後半)あります。

閲覧数:905

投稿日:2009/07/26 09:13:03

文字数:3,559文字

カテゴリ:小説

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  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    >由梨奈さん
    わわわわわわわわ
    ブックマークなんて、感無量です(TT)
    ありがとうございます

    2009/07/25 23:53:28

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