十二月二十四日、早起きしたわたしは、生クリームを固く泡立てて、ケーキに塗った。綺麗に平らにならすんじゃなくて、尖った感じにした方が可愛いかな。その上からココナッツをかけることが多いんだけど、小粒のアラザンにした。ミクちゃん、きらきらしたものが好きだものね。ヒイラギの枝を刺して、できあがり。
わたしは完成したケーキを、ケーキボックスに入れた。まだ出るまで時間があるので、それまで冷蔵庫に入れておく。そこへ、お母さんがやってきた。
「リン、ケーキは大丈夫?」
「ちゃんとできたわ」
ケーキがきちんと仕上がったのが嬉しかったので、わたしは箱を取り出して、蓋を取ってお母さんに中を見せた。
「美味しそうね。きっとミクちゃん、大喜びするわ」
お母さんにそう言ってもらえたことが、嬉しかった。
「リン、そろそろ朝ごはんにするから」
「あ、うん、わかった」
わたしはもう一度ケーキを冷蔵庫に入れると、自分の使った道具類を洗って片付けた。お菓子を作った時は、後片付けまでちゃんと自分でやること。それが、お母さんが決めたキッチンのルールだ。お菓子作りは趣味でやるものだから、最後の片付けまで自分できちんとやりなさいって。
朝食の席にはルカ姉さんがいたので、微妙に気詰まりだった。……ごめん、ルカ姉さん。あれ以来、わたしはルカ姉さんとは目をあわせないようにしている。ルカ姉さんの方はというと、全く変わっていない。お母さんが、ルカ姉さんに今日の予定を確認した時も、普通の声で答えていた。今日は、神威さんと過ごすので夕食はいらないらしい。
朝食を終えると、わたしは白いアンゴラのセーターと黒と白のウールのチェックのスカートに着替え、更にその上から冬のコートを羽織った。十二月の終わり。車で送ってもらえるとはいえ、外は寒い。
マフラーと手袋も着け、ケーキの箱とお母さんが持たせてくれたジンジャークッキーの袋、それからミクちゃんへのクリスマスプレゼントを手提げに入れて、わたしは車でミクちゃんの家に向かった。ミクちゃん、プレゼントとケーキ、喜んでくれるかな。
ミクちゃんの家に着くと、わたしは荷物を持って車から降りた。運転手さんは「では、夕方にお迎えに来ますので」と言って、帰って行った。さてと、インターホンを押さなくちゃ。そう思った時だった。
「リン!」
え……? 聞こえてきた声に、わたしはものすごく驚いた。なんでレン君がいるの?
「……レン君? どうして?」
レン君が、わたしの前で軽く首を傾げて、不審そうな表情になった。わたし、何か変なことを言った?
「イヴに一人だって言ったら、クオが遊びに来いって」
あ……レン君は、ミクオ君と仲がいいんだった。じゃあ、ここにいるのも別に変な話じゃないわよね……。
あれ……なんでわたし、少しがっかりしてるんだろう。がっかりする理由なんて、何もないはずなのに。
「レン君一人って言ったけど、お姉さんはどうしてるの?」
「姉貴は職場のクリスマスパーティー。みんなであれこれ持ち寄って、飲んで食べて騒ぐんだってさ」
レン君のお姉さんの職場では、クリスマスパーティーをするんだ。どんな職場なんだろう?
「レン君のお姉さんって、仕事は何してるの?」
「ファッションデザイナーのアトリエに勤めてるよ」
そうなんだ。きっと賑やかな職場なのね。お姉さんも賑やかな人だもの。
「デザイナーさんなの?」
「いや、姉貴はパタンナーつって、デザイン画を型紙に起こす仕事をやってる。ところでリン、その大荷物は何?」
レン君はわたしの荷物が気になったみたい。わたしは手提げを自分の前に持ち上げてみせた。
「わたしが焼いたクリスマスケーキと、お母さんが焼いたクリスマスクッキーよ」
ケーキはホール――今回は、十八センチのリング型を使った――だから、レン君やミクオ君と一緒に食べても大丈夫。クッキーも、お母さんが多めに持たせてくれたし。
「ホールケーキだから、みんなで食べられると思うわ」
「あ、そうなんだ」
レン君、ほっとしてるみたい。ケーキ好きなのかな?
「わたしが焼いたから、お母さんのより味は落ちると思うけど」
それは仕方ないわよね。お母さんには、二十年以上のお菓子作りの経験があるんだもの。お母さんは、「続けることで上達していくのよ」って、言っている。
「リンのお母さん、そんなに上手なの?」
「うん。ものすごく上手。お菓子の作り方の本も出してるのよ」
前に出した本がそこそこ好評だったから、今度二冊目が出る予定だ。
「中、入ろうか」
「ええ」
言われたので、わたしは頷いた。レン君がインターホンを押す。お手伝いさんらしき声がしたので、わたしは自分の名前を言って、ミクちゃんに呼ばれてきたことを話す。ほどなくして、門が開いた。
家の中に入ると、玄関ホールに飾ってある大きなクリスマスツリーの前に、ミクちゃんのお父さんとお母さんがいた。わたしとミクちゃんは幼稚園の頃からのつきあいだから、二人のことはよく知っている。わたしは、二人に向かって頭を下げた。
「おじさん、おばさん、お久しぶりです」
「やあ、リンちゃん、久しぶり」
「ゆっくりしていってね。ミク、リンちゃんが来るってはりきっていたのよ」
おばさんは、わたしの隣に立っているレン君へと視線を向けた。レン君が緊張した表情になる。
「そちらは、お友達?」
「あ……俺はクオの友達で、鏡音レンっていいます。リ……巡音さんとは、さっき門の前でばったり会って、それで一緒に中に」
「ああ、クオの友達ってのは君か」
おじさんがそう言って手を叩いて、頷いている。会うのは初めてなのかな。
「レン君だっけ。君もゆっくりしていきなさい」
「あ……はい」
レン君が返事をした時、二階から駆け下りてくる足音が聞こえてきた。ミクちゃんとミクオ君だ。
「リンちゃん、いらっしゃい!」
ミクちゃんがわたしに駆け寄ってくる。
「あ、ミクちゃん。今日は誘ってくれてありがとう」
わたしは、ミクちゃんの前で手提げを開けて、クリスマスプレゼントの包みを取り出した。
「はい、これプレゼント」
「開けていい?」
「ええ」
ミクちゃんは早速包みを開けて、中のシュシュを取り出した。
「可愛い! リンちゃん、ありがとう。あ、そっちのは何?」
手提げの中を見て、ミクちゃんはそう訊いてきた。わたしは、クッキーの袋を少し持ち上げてみせる。
「お母さんがね、クッキーも持たせてくれたの」
生姜とスパイスを入れた生地を、型で抜いて、アイシングで飾り付けたクッキー。クリスマスの定番だ。
「わ、ツリーに飾っちゃいたいぐらい可愛い」
ミクちゃんが喜んでくれたので、わたしはほっとした。
「こっちはケーキよ。これ、なまものだから、食べる時まで冷蔵庫に入れておきたいんだけど」
「ちょっと待っててね」
ミクちゃんはお手伝いさんを呼ぶと、ケーキの箱とクッキーの袋を言付けた。おじさんとおばさんが、それをにこにこしながら見ている。
「そのお菓子は、カエさんから?」
「クッキーは母が焼きました。ケーキはわたしです」
おばさんに訊かれたので、わたしはそう答えた。そう言えば、お母さんにレシピ本を出すように薦めたのは、おばさんだったっけ。
「美味しそうね。私たちはこれから出かけてくるけど、後でいただくから楽しみにしておくわ」
「あ……はい」
ミクちゃんのお父さんとお母さん、出かけるんだ。ミクちゃんが「行ってらっしゃい」と言っている。二人は、「留守番お願いね」と言って、一緒に出かけて行った。
「それじゃあリンちゃん、映画を見ましょうよ。クオと鏡音君も、それでいい?」
レン君もミクオ君も、映画を見ることでは異論がないみたいだった。ミクオ君、ラヴコメ嫌いじゃなかったっけ? 嫌いなものを克服しようとしているのかな。
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