月曜日、リンちゃんの席はまた空だった。またお休みかあ……心配になったので、メールを送っておく。ついでにクオにも、お昼のお誘いをかけておいた。
 昼休み、わたしが携帯をチェックすると、リンちゃんからメールが入っていた。「ごめんね、ミクちゃん。実は階段から落ちて入院することになったの。でも大したことないからそんなに心配しないで。それとできたら、鏡音君にもこのことを伝えておいてもらえる?」と書かれていた。階段から落ちて入院してるって……さすがのわたしも一瞬血の気が引いた。リンちゃん、もしかしてまた貧血でも起こしたのかしら。
 あ、でも、ちょっと待って。こうやって携帯でメールくれるぐらいだから、そんなに大きな怪我ってわけでもないわよね。わたしは、お見舞いに行ってもいいかどうかをメールで訊いてみた。大丈夫という返事が返ってくる。
 その返事を見ているうちに、わたしの頭に閃くものがあった。入院なんてことになったリンちゃんは、相当落ち込んでいるはずだ。そんなリンちゃんのところに、鏡音君がお見舞いに行ったらどうなる?
 けど、リンちゃんの家族が一緒にいたら厄介よね。リンちゃんのお父さんはどうせ仕事だろうし、お姉さんも忙しいはずだ。となると、後はお母さんか……。わたしは、お母さんはリンちゃんと一緒にいるのかどうかをメールで訊いてみた。「今日はもう帰った」という返事が返ってくる。……あ、そうなんだ。じゃあ、連れて行っちゃおうっと。
 わたしは鏡音君に声をかけて、リンちゃんが入院したことを報告した。呆然とする鏡音君。そりゃ驚くわよね。わたしは推測したことを伝えると、鏡音君に一緒にお見舞いに行かないかと訊いてみた。
 鏡音君は思い切り行きたそうだったけど、すぐには了承してくれなかった。リンちゃんの家庭の事情を気にしている。ふーん……リンちゃん、鏡音君に話したのね。
 わたしはリンちゃんのお母さんはもう帰っていること、病院の人に見られた時のことに備えて、何か訊かれたら、見舞いに来たのはクオだということにしてごまかさせるつもりであることを説明した。クオなら、リンちゃんのお父さんもあーだこーだ言えないだろう。一応、初音コンツェルン社長の甥だもんね。
 鏡音君がリンちゃんの見舞いに行くことを承知したので、わたしはクオとの待ち合わせ場所に向かうために教室を出た。空き教室で、二人でお弁当を広げる。わたしはお弁当を食べながら、クオにリンちゃんのことを説明した。
「そういうわけだから、わたし、放課後はリンちゃんのお見舞いに行ってくるわ」
 わたしがそう言うと、クオは神妙な表情で頷いた。
「そうか、お大事にって言っといてくれ」
「うん。あ、それとね、鏡音君を連れて行くことにしたから」
 クオは一瞬呆気に取られた顔になり、それから大げさなため息をついた。何よ、わたし、変なこと言ってる?
「なあ、ミク。俺、今日は部活なんだけど」
「知ってるわよ」
 クオの予定ぐらいわかってる。演劇部の活動日は月曜、火曜、木曜、金曜だ。たまに土曜が加わる時もある。
「なら、レンも部活だって知ってるだろ?」
「休むんじゃない? 少なくとも、わたしには行くって返事したわ。血相変えて」
 最後のはちょっと大げさだけど、でも、リンちゃんが入院したって聞いた時の鏡音君は、誇張でも何でもなく青ざめていた。
 とにかく、クオが何と言おうと鏡音君は連れて行くわよ。リンちゃんのためだもの。


 放課後、わたしは鏡音君を連れてリンちゃんの病院へと向かった。手ぶらで行くのも何なので、途中で花屋さんに寄ってもらって、花束を購入する。
 病院につくと、わたしは受付に行った。面会者は名簿に記入することになっている。わたしは少し考えて、自分の名前とクオの名前を書いておいた。念の為。
 リンちゃんの病室は311号室とのことだったので、鏡音君とエレベーターで三階へと向かう。目当ての病室はすぐ見つかった。ノックして中に入る。リンちゃんは寝巻き姿で、病室のベッドに横になっていた。
「リン! 大丈夫なのか!?」
 鏡音君はさっとベッドの傍に駆け寄って、リンちゃんに心配そうにあれこれと尋ね始めた。リンちゃんは困った表情で、助けを求めるようにこっちを見る。
「あ……あ……あの、ミクちゃん……なんでレン君が……」
「お見舞いに誘ったの。鏡音君も一緒の方が、賑やかでいいでしょ?」
「で、でもミクちゃん。レン君がわたしのお見舞いに来たって、お父さんやお母さんに知れたら……」
 ……やっぱりそれが心配なんだ。大丈夫、ちゃんと考えてあるから。わたしはリンちゃんに、今日はもうリンちゃんのお父さんもお母さんもお見舞いに来ないだろうこと、病院の受付名簿には鏡音君ではなくクオの名前を書いておいたこと、何か訊かれたらわたしがクオを連れてきたんだ、ということを強調しておけばいいということを伝えた。そうだわ、後でクオにも根回ししとかなくちゃ。
 一通り説明が済むと、わたしは花束を見せてから、病室にあった花瓶を手に取った。お花を活けてくるって口実で、しばらく二人っきりにしてあげようっと。リンちゃんはまだ何かごちゃごちゃ言ってたけど、頭を打ったんだから大人しく寝ててもらわないとね。それじゃ、ごゆっくり。
 わたしはわざとゆっくり花を活け、それからもしばらく病院の廊下で適当に時間を潰した。……そろそろいいかな。あんまり長いと、それはそれで変に思われちゃう。
「ただいま~っ!」
 リンちゃんの病室に戻ってみると、鏡音君は真剣な表情でリンちゃんの手を握っていた。でもわたしが入ってきたのを見ると、手を離してしまった。……もう少し遅くてもよかったかな。こういうのってタイミングが難しいわ。
 リンちゃんがチェストに、リンちゃんのお母さんが焼いたクッキーが入ってると言ってくれたので、この後は三人でお茶をした。鏡音君と何を話したのかはわからないけど、リンちゃんも大分落ち着いているみたい。……良かった良かった。


 鏡音君と病院で別れて帰宅したわたしは、自分の部屋で課題を片付けることにした。しばらく机に向かっていると、クオが帰って来た。クオの部屋はわたしの部屋の隣なので、帰って来れば音でわかるの。クオの部屋のドアを叩くと、クオの「入って来いよ」という声が返って来た。
「クオ、お帰り」
 わたしはそう言いながら、クオの部屋に入った。
「あ~、ただいま、ミク」
 クオ、なんだか疲れてるみたい。部活が大変だったのかな? わたしはクオの部屋の椅子に座った。クオは勉強机の前の椅子に座る。
「で、どうだったんだ、巡音さん」
「あ、うん、大したことないって。ただ階段から落ちた時に頭を打ったから、様子を見る為にしばらく入院する羽目になったって」
 わたしがそう言うと、クオは真面目な表情になった。
「頭か……頭は危ないもんな」
「ええ」
 元気そうでほっとしたけど、打ち所が悪かったら重態になっていた可能性だってあるんだし。そんなことにならなくて、本当に良かった。
「で、レンはどうだった」
 あら、クオの方から訊いてくるなんて、珍しいわね。
「二人とも、すごくいい雰囲気だったわよ。お花活けに行くって口実で、しばらく二人きりにしてあげたの。わたしが戻ってきたら、鏡音君はリンちゃんの手を握ってたわ」
 わたしが笑いながらそう言うと、クオはむすっとした表情になった。ちょっと、そっちから訊いて来たんじゃない。
「あ~、そうか、そうか、良かったな」
 ええ、良かったわよ。後一押しか二押しか……クリスマス作戦、頑張らなくちゃ。

ライセンス

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アナザー:ロミオとシンデレラ 第四十四話【ミクとお見舞い】

 と、まあ、お見舞いの間、ミクはこんなことを考えていたわけです。

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投稿日:2012/01/27 19:04:13

文字数:3,135文字

カテゴリ:小説

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