注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
クオとミクが中学三年の時のエピソードで、クオがミクの家に預けられたばかりの頃を書いています。
【クオの決意】
「クオはどこを受験するんだ?」
俺が伯父さんの家に預けられて数日後、伯父さんは俺にそんなことを訊いてきた。
「実はちょっとそれで悩んでて……」
俺も一応、志望校については漠然とながら考えてはあったし、親にも相談はしていた。だが、中二の春休みに、降って湧いた両親の海外赴任話。赴任先に俺は連れて行けない――一応それも考えたらしいが、俺は今年から受験生なので、日本に残しておいた方がいいだろうということになった――ということで、俺は伯父さんのところに預けられることになった。
伯父さんの家はもともと俺の家とはかなり距離があり、結果として俺は転校することになった。両親は最低でも三年は日本に帰って来れない。となると、伯父さんのところから通える高校に通うことになる。まあそんなわけで、俺は色々と考え直さなければならなくなったのだった。
「何か相談があるのなら遠慮せずに言いなさい」
「……あ、うん、そうする」
「クオ、そんなに固くならなくていいぞ」
いやでも……。なんか、あまりにも色々とされちゃって、逆に申し訳ない気がどうしてもつきまとってくる。部屋は広いし、飯は豪華だし、小遣いも多いし……。
「何なら、ミクと同じ高校を受けたらどうだ」
不意に、伯父さんはそんなことを言い出した。
「いい学校だぞ。伯父さんもあそこを出たからわかる」
「ミクは伯父さんの出身校を受けるんだ」
「いや、ミクは既に中等部に在籍しているからな。あそこは内部生は受験無しで上にあがれるから、受験はしない」
ふーん、ミクの奴は高校受験しなくていいのか。ちょっと羨ましいぞ。その代わりに小学校の時に受験したわけだけど。俺もそうしておけば良かったかなあ。でも、俺の周りって、あんまり私立校受験する奴いなかったんだよな。それに、公立なら歩いて通えるしさ。
でも高校ともなると、近場を基準にってわけにもいかないよなあ。俺も真面目に考えないと。
伯父さんとの話を終えた俺は、ミクの部屋に行ってみることにした。現在進行形で通ってるわけだから、学校のことにも詳しいだろう。
部屋に行ってみると、ミクは椅子にかけて漫画を読んでいた。
「ミク、ちょっといいか?」
「……ダメ」
おいこら、何だその返事は。
「漫画読んでるぐらいだから暇だろ、お前」
「もうじきお客さんが来るの」
……客?
「客って誰だ」
「友達。来たら部屋で二人でお喋りする予定なんだから」
なんで女ってこう、喋るのが好きなんだ? そう思った時だった。ミクの部屋のドアをノックする音がした。
「お嬢様、お客様がお見えですよ」
「あ、は~い、今行くわ」
ミクは漫画を本棚に戻すと、さっさと部屋を出て行ってしまった。……俺も後を追う。
玄関ホールに行くと、ミクと同じぐらいの年齢の女の子が立っていた。……綺麗な子だな。ミクと並ぶとアイドルユニットみたいだ。この子がミクの言っていた友達か。
「リンちゃん、いらっしゃい」
「ミクちゃん、おはよう。これ、お母さんが持って行きなさいって」
リンちゃんと呼ばれた女の子は、ミクに紙袋を手渡した。
「何だろう……あ、マカロンだ。美味しそう! じゃ、おやつにね」
ミクはお手伝いさんに、紙袋を手渡した。それから振り向いて、少し離れたところに立っていた俺に気づく。
「あ、クオ、紹介するわ。わたしの友達の巡音リンちゃん。幼稚園の時からの友達なの。リンちゃん、こっちは、わたしの従弟の初音ミクオ。前に話したと思うけど、わたしの家でしばらく一緒に暮らすことになったの」
ミクの幼馴染の巡音さんとやらは、俺を見て、おどおどと頭を下げた。
「……初めまして。巡音リンです」
「初めまして。初音ミクオだ」
巡音さんは、うつむいて黙っている。おーい、何か言ってくれ。どうもミクとは対照的なタイプらしい。
「それじゃーね、クオ」
ミクは巡音さんと一緒に、自分の部屋に行ってしまい、俺は取り残された。
この日はずっと、ミクは巡音さんと一緒だった。二人は午前中は自室でお喋りをし、その後は一緒に昼食を食べ、午後からは映画のDVDを鑑賞して、それから居間でティータイムとやらを過ごしていた。えらく楽しそうだな……。「男は近寄るな」オーラが出てるような気もするが。
「あ、クオ」
こっそり様子を伺っていたつもりだったが、気づかれてしまった。どうしたらいいんだ?
「ねえ、クオもこっちに来て、リンちゃんが持ってきてくれたマカロン食べない? 美味しいわよ」
あっけらかんと手招きして、ミクはそう言った。ちょっとほっとしたぞ。
「マカロンねえ……」
俺は居間に入って、椅子の一つに腰を下ろした。テーブルの上には、外国の映画にでも出てきそうなティーセットが置いてある。……しみじみ、俺とは縁遠い世界だ。ミクはお手伝いさんを呼ぶと、俺の分のカップを持ってきてくれるように頼んでいる。
「マカロンってこういう奴だっけ?」
目の前にあったのは、刻んだナッツの入った地味な焼き菓子だった。あんまり食べた記憶ないけど、マカロンって、確かもっとカラフルじゃなかったっけ。
「それはマカロン・パリジャンね。これは違う種類なのよ」
そんなことをミクは言った。へーえ。あれってそんなに種類があるものなのか。俺はマカロンを一つつまんで口に入れてみた。あ、確かに美味しい。
「美味いな、これ」
「リンちゃんのお母さんの手作りなの。リンちゃんのお母さん、そこらのパティシエよりずっと、お菓子焼くの上手なのよ」
ミク、どうしてそこでお前が自慢気になるんだ? お前の手柄じゃないだろ、それ。巡音さんは、自分の席でもじもじしている。
「ミクちゃんはいつも喜んでくれるから、お母さんも嬉しいって……」
「リンちゃんのお母さんのお菓子なら、いつでも大歓迎だから。この前のプリンも美味しかったし、あの……なんだっけ、白っぽい冷やし菓子」
「……クレメンダンジェ?」
「そう、それ! あれも美味しかったわ」
……全っ然会話に入れやしねえ。つーか、プリンはわかるが、クレメンダンジェって、なんだそれ。舌噛みそうな名前だ。
女の子二人は、甘いものについてそのままずっと話を続けた。俺には全く割って入るチャンスなどなく、ぼーっと紅茶を啜りながらマカロンを齧っていた。……言っとくけど、別に淋しいとかじゃないからな。
ティータイムとやらが終わると、巡音さんは帰って行った。あ~、なんかどっと疲れたぜ、俺は。
「そう言えばクオ、朝は何か用事あったの?」
そんなことを訊いてくるミク。あ、最初の用事をすっかり忘れかけていたぞ。……これもお客さんとやらのせいだ。……うん、わかってるよ、今のは八つ当たりだって。
「お前の学校について聞かせてもらおうと思ってたんだけど」
「わたしの学校? どうして?」
「伯父さんが、そこを受けたらどうかって言っててさ。どんな感じなのか知りたいと思って」
ミクは頬に手を当て、考え込んだ。
「そうねえ……学校としてはいい部類に入ると思うわ。制服は可愛いし、校則もそんなにきつくないから。リボンやバレッタがOKって学校、あんまり無いのよねえ」
「どうして真っ先にそれなんだよ」
「だって、大事なポイントでしょ?」
訊く相手を間違えたような気がしてきたぞ。
「ちなみに、男子の髪型も割と自由よ」
へえ、そうなのか。
「でもねえ……クオが入るのはちょっと大変かも」
おい、それは暗に俺がバカだと言いたいのか。幾ら俺でも怒るぞ。
「うちの学校、高等部の枠はそんなに多くないのよ。中等部からそのまま持ち上がる生徒が多いから。それに、実績出してる進学校でしょ。だから受験者も多いのよね」
……そういう意味か。あれ、ちょっと待てよ?
「ミク、お前の通ってる学校って」
「私立榛崎中学よ。知ってるでしょ」
「共学だよな?」
「ええ。じゃなきゃ、クオは入れないわ」
確か……ミクって、小学校の時は私立の女子校に通ってなかったっけ?
「お前ってさ……確かエスカレーター式の女子校に行ってたんじゃなかったか? 伯母さんがずいぶん前に、うちの母親にそういう話をしていたはずだけど」
幼稚園の時からそこのはずで、入れるのが大変だったとかそんな話だ。うちの母親は「うちは公立だから気楽よ~」って笑ってたけど。
「ええ。小学校まではね」
「そこなら、大学までずーっと持ち上がりだろ? なんで受験までして別の中学に行ったんだ?」
何も好き好んで苦労することないじゃないか。そんなに女子校が嫌だったんだろうか……。
「ん~大した理由じゃないんだけど」
「なんだよ」
「リンちゃんが受験するって言ったから、わたしも一緒に受けたの」
俺は唖然となった。
「おい、なんだその理由は?」
「え? いけない?」
「いけなくはないが……」
そんな理由でほいほい中学受験なんかしたのか、ミクの奴は。友達と一緒の学校に行きたいというだけで?
「だあってリンちゃんと同じ学校に行きたかったんだもん!」
堂々と胸を張ってこっちを見るミク。……そういう態度取られると、何も言えやしねえ。はあ。
あれ、待てよ?
「お前、さっき、幼稚園からのつきあいだって言ってたよな?」
「そうよ」
「向こうは、なんで受験したんだ?」
ミクは首を傾げた。
「それはねえ……」
「うん?」
「ひ・み・つ」
なんだよその台詞は。
「ミク、お前、俺のことバカにしてんのか?」
「そんなわけないじゃない」
「いーや、バカにしてるだろ」
「バカになんかしてないわよ。ちょっとからかってみたのは認めるけど。でも、クオにリンちゃんの事情をぺらぺら喋るわけにはいかないの。リンちゃんはわたしの友達で、クオとは直接関係が無いんだから」
あっ……。それもそうか。確かに、今日会ったばかりの俺に、ミクのことならともかく、あの子のことをあれこれ詮索する権利は無いよな。
……ミクの奴、意外と友達思いなんだ。
「そうだったな……ごめん」
謝ると、ミクはにこっと笑った。
「わかってくれたらいいの」
ミクと別れて自分の部屋に戻ろうとした時、俺は、伯父さんが書斎から出てくるのに気づいた。
「伯父さん!」
「クオ、どうしたんだ?」
「俺……ミクと同じ高校を受けてみようかと思うんだ。ミクの話だと、いい学校みたいだし」
俺がそう言うと、伯父さんは嬉しそうな表情になった。
「そうか。実際、いい学校だぞ」
合格したら、来年の春からミクと一緒の高校生活か……どんな感じになるんだろ。
「じゃあクオ、明日から特訓だな」
「へっ?」
伯父さんが当然のことのようにそう言ったので、俺は間の抜けた声をあげてしまった。
「特訓って?」
「受験するからには絶対合格したいだろ? それに、クオの今の成績だと、榛崎はちょっと厳しいからな」
うっ……ミクならともかく、伯父さんに言われると反論できない……。
「心配しなくていい。優秀な家庭教師をつけて、みっちり鍛えてあげるから。クオは頭はいいから、やればできる。来年の今ごろは、ミクと一緒に榛崎に通ってるさ」
俺はこの時、少しばかりこの選択を後悔した。とはいえ、もう遅い。伯父さんはすっかりやる気になっている。
ええい、やるしかないだろ! 見てろよこの野郎!
――その年の夏――
「もうダメだ……死ぬ……」
俺は大量の課題を前に、半死半生の気分だった。
「あらあらクオ君、音を上げるなんて、らしくないわよ。はい差し入れ」
ジュースとパンを持ってきた伯母さんが、のほほんとそんなことを言った。俺は冷えたジュースを一口、口に含んだ。あ~、生き返る~。
「思い出すわねえ。三年前、ミクがこんな風にぐったりしてたの」
相変わらずのほほんとした口調で、伯母さんはそう続けた。
「へ? ミクが?」
想像できんぞ。
「ええ。だから、言ったのよね。『受験なんかやめたら?』って。だって、ミクはエスカレーター式の学校に通っていたわけだし、無理して受験なんかしなくても良かったんだもの」
「それで?」
「そうしたらミク、絶対にリンちゃんと同じ学校に行きたいから、って。ミクったら文字どおり、歯を食いしばって勉強を続けて。こちらとしては落ちてもいいと思っていたんだけどね、合格したのよ。ミク、ものすごくはしゃいでたわ」
なんで……ミクの奴はそこまで必死になったんだ? そんなに、あの子と同じ学校に行きたかったのか?
くそっ……面白くない。
「ミクに負けてらんない……俺も頑張る」
「そうそう、その意気。頑張ってね、クオ君」
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これは、拙作「ロミオとシンデレラ」の外伝です。
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……喧嘩、しているんだ。
「朝からそん...ロミオとシンデレラ 第十話【嵐】
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