メイコに一通りのことを話し終えたレンは、ミキの部屋の前にいた。
「あれ」
ミキがいるはずの部屋のドアを開き、レンは言った。
「ミキ、さん?」
部屋の中を見回してみたが、ミキの姿はない。それどころか、ミキが持ってきたはずのかばんから何から、一通りのものがなくなっていた。まるで、夜逃げでもしたようだ。
「もぬけの殻…ってか」
少しばかり、遅かったか…。ちっと舌打ちをして、レンは部屋を出ようと――。
そのとき、「ガン」と音がして、レンは意識が遠のいてゆくのを感じた…。
インターフォンがなる。
「夜分遅くにすみません、氷山ですがぁ」
しまったようなしまらないような、声に、メイコがリンのほうを振り向く。
「リン、氷山さんって知り合い?」
「あ、学校の先生だよ、臨時の。ほら、数学の先生産休で」
結局レンが寝るというまで寝ないと決めたリンは、ぬいぐるみを抱きしめつつ、ソファに座って本を読んでいた。
「あら、そうなの」
「どしたの?」
「その氷山先生が『夜分遅くにすみません』ですって」
インターフォンを指差して、メイコは言った。
そのときのリンの驚きようが少しだけ気になったが、メイコは玄関に出て行って、ドアを開いた。
そこにはスーツのよく似合う好青年が、黒縁めがねに大きなかばんを持って、小さな女の子を連れて立っていた。
「どうも、はじめまして、氷山です」
軽く頭を下げ、キヨテルは自己紹介を済ませた。
「あら、私、リンの母です。今日はどうされたんです、先生?」
「いえ、実はですね。ここに、女の子がきていないかなぁとおもいまして」
にこっと笑顔で言うと、なんだか気味が悪い。
キヨテルがミキのことを言っているのは、メイコにもよくわかった。しかし、そう簡単にミキのことを言って、いいものだろうか…? 明らかに動揺していることを、メイコ自身、冷静に悟っていた。動揺しているはずなのに、なぜか心の中では冷静だった。
メイコがどうしたものかと考えていると、キヨテルはそれを悟ったように言った。
「隠し事はいけませんよ、お母さん」
玄関の段差のせいでメイコのことを見上げるような形になって、キヨテルは仮面をかぶったように笑顔の頬をピクリと動かすこともない。そう、仮面のように。
それに、ついさっきのレンの話も気になるし…。一度にそういろいろ持ち込まないでよ、まったく!
「バキッ」
いやな音がした。横を見ると、自分の右手がしっかりと白い壁にめり込んでいた。それを見たキヨテルは少しだけ『引いた』ような、驚いたような表情になって、すぐに笑顔に戻った。しかし、額には先ほどまでにはなかった汗が浮かんでいた。
すぐにメイコは手を引き抜いて、
「ご、ごめんなさい! ちょっといらいらしていたもので…」
「いえいえ、気にしないでください。とりあえず、質問に答えていただければ」
「え、ええと…」
「いますか、いませんか?」
詰め寄るように問いかけ、キヨテルは笑顔を崩さぬようにさらに口角を吊り上げた。
と――。
「…。あの、今、何か魔法って使ってます?」
いきなりのことに、メイコは少し驚いたが、すぐに、
「いいえ」
と答えた。
「でも、魔法の気配がします」
「魔法の気配…?」
「…まさか…」
キヨテルの表情が少しだけ曇り、そして今までとは打って変わって真剣な表情になった。
「すみません、ここに女の子がいますね? 正直に答えてください」
その剣幕は、おこっているものではなかった。しかし、切羽詰った、息苦しくなるような勢いにも似ていた。
「答えてください、大変なことになるかもしれないんですよ!」
「います!」
答えたのは、メイコではなかった。リンである。
「リン…」
驚いたようにメイコは娘をじっと見つめた。
「母さん、よくわかんないけど、先生の言ってること、本当だと思う。だから、本当のこと、言ってあげなきゃ」
こちらも、まじめにじっとメイコのことを見つめていた。
その言葉に突き動かされるように、メイコはキヨテルのほうに向き直ると、
「入ってください」
といった。
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