「ついでにさ、あの人は変なところでプライドが高いから、目の前にいるイライザのことをちゃんと認めてあげられないんだよ。イライザのことをいつまでも花売り娘ってバカにしてるけど、家のあれこれを任せてたってことは、本当は信頼してたってことだろうし」
 ただの花売り娘だったら、あんな短時間でちゃんとした貴婦人になるのは無理だよな。教授は自分だけの手柄にしたがってるけど、素材が良くなけりゃあそこまで行かないよ。
「言いたいことはわかるけれど……じゃあ、この後はどうしたらいいの?」
 巡音さんはそんなことを訊いてきた。どうしたら……ねえ。教授は結構いい年だから、今更自分が変わるのは無理だろうな。えーと、つまり……。
「イライザの方が大人になるしかないんじゃない? ああ、この人はお子様なんだ、わたしが世話を焼いてあげなくちゃ、って感じで、教授の首に手綱でもつけてしっかり握るしか」
 それだと今度は教授がマヌケに見えてくるな。ま、仕方ない。才能のありすぎる人はどっか子供みたいなもんだって、何かに書いてあったっけ。それにそんな自体を招いちゃったのは教授なんだし、ここは我慢してもらわないと。
「イライザはずっと我慢しなくちゃならないの?」
「我慢とはちょっと違うと思う。要するに、イライザの方が主導権握って上に行くってことだから。案外あの人、甘やかされると弱いんじゃない?」
 マザコンだしね。まあ、マザコンの割りに、ヒギンズ教授の母親はえらくまともだったりするが……。あの母親に育てられて、どうしてああなるんだか。
 巡音さんは、淋しそうな表情で首を横に振った。
「……わたしだったら、やっぱり耐えられない」
 ラブレターを書くしか能の無い男なのに? そんなことやってる暇あるんなら仕事の一つでも探せよ。
「なんで? フレディなんてやめようよ。あんなおつむの軽い男と一緒になったら、一生、中身のある話はできないぜ。将来性も無いし」
 イライザの知性がもったいないじゃないか。将来をどぶに捨ててどうするんだよ。
「イライザは愛されたいのよ。話がどうのとかの問題じゃないわ」
「そんなもったいない」
「愛をほしがったらそんなにいけない?」
 参ったな……平行線になってきた。どうやってこの話を落としたらいいんだろう。そう思った時だった。不意に、俺の携帯が鳴り出した。
「ごめん、ちょっと待ってて」
 俺は携帯を取り出した。グミヤからメールか。開くと、「今どこにいる?」と表示される。何だよ、所在確認か? 俺は今取り込み中だってのに。「自分の教室」と打ち込んで返信。何なんだ一体。
「急用?」
「いや、大した用事じゃないよ。それで、話戻すけどさ、教授が駄目だからフレディってのは、やっぱりちょっと違うと思うんだよ。それって逃避だろ」
 それはやってはいけないことのような気がする。うん。
「そんなのわからないわ。だってフレディはイライザに長いラブレターを送っているもの。イライザはそれでフレディを好きになったのかもしれないじゃない」
 それは全くもってそのとおりなんだが……。ああもう、なんでこんなにいらいらするんだ。フレディの肩なんか持たないでくれよ。
「それに、演出一つで、フレディをもっと感じ良くすることもできるんじゃないかしら? オペラとかでも、時々そういうことがあるのよ」
 言ってることは実に正論だが……そんな演出は考えたくないっ!
「それなら逆も可能だろ? ヒギンズ教授をもっと感じ良くすることだって」
「それは……そうだけど……」
 困った口調でそう言う巡音さん。そんなに教授が嫌なのか? 例によって、下を向いている。俺も何を言えばいいのかわからず、しばらく沈黙が続いた。
 そんな気まずい時間をぶち壊したのは、教室のドアが開く音と、その後に続いたでかい声だった。
「あーっ、いたいた! って、鏡音先輩、どうして巡音先輩が一緒なんです!? もしや部活サボってデートですか!?」
 グミだ……なんでここに来るんだよっ! というか、部活はサボったんじゃないし、デートでもないっ! お前の頭の中にはそれしかないのか。
 唖然とする俺の目の前で、グミは教室に入ってきた。後ろにぞろぞろと、演劇部の連中が続いている……クオとグミヤもいるな。何しに来たんだよお前ら。
「鏡音君、部活サボったって……」
 巡音さんが目を見開いてこっちを見ている。げ……。巡音さんには黙っておこうって思ったのに。これも全部口の軽いグミのせいだ。
「いや、グミヤに遅れるって連絡はしておいたんだよ。演劇部の為の話し合いなんだから、こっちを優先しただけ」
「でも……」
 巡音さんは俺の目の前で困り果てている。まずいな……絶対気にしてるぞ。巡音さんのせいじゃないのに。一方で、演劇部の連中はこっちを興味津々と言った目で見ている。
「おい、グミヤ。これは一体何の真似だ。俺は、演劇部の次回公演の決定の為に話し合うから、部活に行くのは遅れるってメールしたよな。なのになんで押しかけて来たんだ」
 俺はグミヤに訊くことにした。変な答えだったら、幾ら俺でも怒るぞ。
「いや、それがさ……」
「鏡音先輩っ! 次の演目はあたし、もっと純粋なラブストーリーがいいですっ! もちろんヒーローはグミヤ先輩でヒロインはあたしで!」
「ちょっとグミ、部を私物化しないで。それはそうと鏡音君、次は笑えるコメディにしない? そういうのが一番気楽に見てもらえると思うのよ」
「俺は次はアクション物がいいと思う。そういうのだったら、もっと男子を増やせると思うんだ。断じて俺が恋愛物嫌いだからじゃないぞ。大体うちの部は男手が少なすぎる」
 演劇部の連中は、こぞって勝手なことを言い出した。あーのーなー。戯曲の一冊も読まないでいるのに、なんでそういう主張ばっかりしてくるんだよっ! せめて条件にあう戯曲を探してからにしろっての!
「いい加減にしろお前らっ! 次の作品はほぼ決定済みなんだよっ!」
 怒鳴ると、演劇部の連中は静かになった。
「あ、決まってんの?」
 部を代表してなのか、グミヤがのほほんとした口調でそう訊いてきた。ったくもう。
「何にしたんだ?」
「『マイ・フェア・レイディ』だよ。ただし原作だから、ミュージカルじゃないぞ」
 ミュージカルをやるのは大変すぎる。しばらくして、クオから抗議の声があがった。
「なんでラブコメなんだよっ!?」
「色々考えてこれがやりやすそうって結論に達したんだよ。というかクオ、お前、何かもっとマシな案あるわけ?」
 俺がそう訊くと、クオは悔しそうな表情で黙ってしまった。やっぱり代案は無いんだな。
 一方で、女子のほとんどは喜んでいる。昔の映画なのに人気あるな、『マイ・フェア・レイディ』って。競馬場のドレスがどうの、と言っている奴がいるが、原作には競馬場のシーンは無い。後でこれが原因で何か言われなきゃいいんだが。
「みんな、『マイ・フェア・レイディ』でいいか?」
 グミヤが訊いている。女子は全員手をあげた。一年の男子二人は、反対というより、作品自体を知らないらしい。とはいえ、過半数が承諾したんだから、これで決定か。
「あの……鏡音先輩、いいんですか?」
 不意に、グミが俺にそう訊いてきた。
「『マイ・フェア・レイディ』に決めたのは俺なんだから、いいに決まってるだろ」
「いえ、作品のことじゃなくて……巡音先輩、帰っちゃいましたけど」
「へっ?」
 俺はびっくりして振り向いた。巡音さんの席は空になっている。……まずい。
「放っておかれて淋しかったんでしょうねえ。鏡音先輩、女心ってもんがわかってないですよ」
 うっ……グミの言うことは真に受けない方がいいとは思うものの、なんだかグサッときたぞ……。
「いちいちいらんこと言わなくていいよ。……というか、出て行ったのっていつ?」
「ついさっきですよ。ちなみに巡音先輩はちゃんと鏡音先輩に『帰るから』って言ってましたよ。鏡音先輩聞いてなかったみたいですけど。巡音先輩、もしかしたら、無視されたって思っちゃったのかもしれないですね」
 聞いてなかったんじゃなくて、聞こえなかったんだよっ! グミ、お前、聞こえていたんなら、その場で俺に教えてくれればいいだろっ!
「おい、レン。どこ行くんだ」
 教室の出口へ向かおうとした俺に、グミヤが声をかけた。
「巡音さん探しに行ってくる。多分、まだ追いつけると思う」
「なんで? 放っておけばいいじゃん。話は終わったんだろ」
 これはクオだ。あのなあ。そんな真似できるか。
「演出について相談してたとこで、その話はまだ終わってないんだよっ!」
「そんなの部員みんなで話しあえば済むだろ。あの子部外者なんだし」
 何故かしつこくクオが絡んでくる。……うるさい。
「俺の方から頼んだんだぞ。途中で放り出すわけにはいかないだろうがっ!」
 俺はみんなを置いて、教室から飛び出した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第二十六話【望むのはどこかの部屋】後編

 どうしてフレディに腹が立つのか、いい加減に気づいたらどうなんでしょうね……。
 それと演劇部の皆さん、空気読みましょうか。

閲覧数:844

投稿日:2011/11/07 23:19:24

文字数:3,675文字

カテゴリ:小説

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