Airport ―KAITO―
♪
忙しい彼女の長期休暇が始まった朝。おれは彼女の部屋を訪れて、今から南の島に行くよ。と言った。
きっと、始まったばかりの休暇の朝を満喫していたんだろうね。まだ寝間着姿の彼女は、玄関先でおれの言葉に驚いたように目を丸くしていた。だけど寝ぼけていたのかもしれない。いつもだったら、急に何を言ってるの?と冷静な口調で詰問してきて、事の説明を求めたり下手したらお説教を始めかねない彼女なのに。今日は文句を言うことなくおれの言う通り、てきぱきと身支度を済ませて荷物を整えてくれた。
荷物を大きなトランクに詰めて。いつもの会社に行くときのかっちりした感じとは違う、ジーンズ姿にゆったりとしたカーディガンを羽織って、無造作に髪を纏めて。寝ぼけまなこの顔に薄化粧をして。
そうしていつもよりちょっと幼い雰囲気の彼女を、まるで誘拐犯の様に連れ去って。異国の南の島につれてきてしまった。
ようやく彼女がおれに文句を言ったのは、目的地の空港に降り立って、暑い。と上に着ていたカーディガンを彼女が脱いだ時だった。
彼女が下に着ていたのは夏場に着るようなフレンチスリーブのカットソーで、この南国の気候に丁度合っていた。一枚脱いだだけで無防備に晒された彼女の腕の細さとか、おくれ毛がこぼれおちている首筋の辺りとか、いつものキレイめルージュとは違うカジュアルなグロスの口元とか。そういうのについ視線を奪われてしまったおれに、彼女はじとりと非難の眼差しを向けてきたのだ。
「あのねカイト。こういう旅行はさ、本当は一緒に準備したいものなんじゃないかな。行きたいところは無いか。とか。どこに泊まりたいか。とか。私、そういうのカイトと一緒に決めたかったんだけど。」
ごもっともな彼女の文句に、ごめんね。とおれが首をすくめると、ここまで来たらもう、ゴメンとかないでしょ。と彼女は呆れた様な笑みを向けてくれた。
しっかり者でいつもきびきびと仕事をして、オーバーワーク気味な彼女をたまには甘やかしたい。とか。たまにはおれだって彼女を驚かせるようなサプライズをしたい。とか。そう考えての事だったんだけど。
だけどちょっとやりすぎたかな。
出入国のゲートを抜けて、荷物を受け取って。とりあえず、ホテルに行って荷物を置いて落ち着こうか。なんて言いながらタクシー乗り場に向かうべく、おれは彼女に手を伸ばした。
彼女は、まだ怒っているんだよ。というのをアピールしたいのかもしれない。ちょっと口をとがらせておれを睨んで。そしてぶっきらぼうにおれの手に自分のそれを重ねた。その指先。彼女の綺麗に切りそろえられた小さな爪には可愛らしくマニキュアが塗られていて。
彼女は仕事中マニキュアを塗らない。パソコンに向き合う事の多い彼女は、タイプをする時にマニキュアが欠けてしまうから嫌だ。と爪は短く切って磨いているだけだ。
その小さな爪に色を乗せるのは、おれとデートをする時だけ。
そうだった。聡明な彼女の、可愛いところは全部おれのものだった。
きゅ、とまるでその色のついた指先を隠すように、彼女がおれの指に自分の指をからめて握りしめてきた。ちらりと頭一つ下の彼女におれが視線を落とすと、彼女は睨み返してきて。
だけどもう、彼女は怒っていないのが分かってしまっていて。おれはこらえ切れず、頬を綻ばせて、繋いでいた彼女の指先を唇に引き寄せた。
ごめん。ちょっと強引だったかも知れない。けど、忙しいきみを少しでも長く独占したかったんだ。ずっとずっときみを独り占めしていたいのが、本当の本心なんだ。
☆
「こういう旅行とかさ。本当は一緒に準備したいものだよ。行きたいところは無いか。とか。どこに泊まりたいか。とか。そういうのカイトと一緒に決めたかったんだけど。」
と、一応文句は言ったけど。実はカイトの内緒の旅行計画なんてお見通しだったんだよね。
ごめんね、なんてカイトが情けない顔で言ってくるから。そう教えてあげようかなとも思ったんだけど。それを言ったらきっと更にカイトは落ち込んじゃうから。内緒にしておく。
長期休暇の日程を何度も確認されて。海、好きだったよね。とか、南の島に行きたいって言ってたよね。とか何度も言ってきて。パスポートの期限は切れていないよね。なんて最後には尋ねてきて。
カイトにそう聞かれるたびに、どこに旅行に連れて行ってくれるの?と訊かずに、聞かれた事だけ答えた自分を褒めたいと思うよ、本当に。
今朝突然カイトが家にやって来ても。今すぐ旅行に行く支度をして、なんて言われても。慌てずにすぐ用意できたのはそんなわけなのですよカイトさん。この為に水着も新しいのを買っちゃったし、サンダルだって着替えのワンピースだって、どれを持っていくかちゃんと決めてあったんだから。
出入国ゲートを抜けて、預けていたトランクを受け取って。ちらりと視線を横に向けると、カイトの横顔がすぐそばにあって。その事が本当にすごく嬉しくて仕方がない。嬉しくて嬉しくて嬉しくて。気を抜くと口元が緩んで勝手に笑顔になっちゃいそうなんだから。
このところ忙しくてカイトと一緒にいる事が出来なくて。社会人なんだから仕方がないって分かっていても、やっぱりさびしくて傍に居たくて。
ねえ、ずっとそばに居たい。って思う気持ちが一番の本当なんだからね。
「とりあえず、ホテルに行って荷物を置いて、落ち着こうか。」
そうカイトはまだ少しだけ心配そうな表情でこちらに手を伸ばしてきたから。私はまだ素直になりきれない表情を作ってその手に自分の手を重ねた。
このお休みはカイトとずっと一緒に過ごせるってもうわかっていたから、マニキュアだって昨日の夜ちゃんと塗ったんだよ。これはさすがに言わなくても気が付いちゃうかな?
可愛らしく彩られた小さな私の爪に、だけどカイトはなかなか反応してくれないから。なんだか私だけが浮かれているみたいで気恥かしくなってしまって、きゅって指先を隠すようにカイトの手を握りしめた。そしたら何かを確認するように期待に満ちた目でこっちを見てくるから。もう知らないよ。って睨み返してやったんだけど。
カイトは私の大好きな、人懐っこい柔らかな笑顔を浮かべて、繋いでいた私の指先を自分の口元に引き寄せた。
ちゅ、と綺麗にマニキュアを塗った指の先に小さく口付けて。頬を赤くした私を見て、カイトは嬉しそうに言った。
「やっときみを独り占めできる。」
心底嬉しそうに笑って、屈託なく言うものだから。
本当にその笑顔は卑怯。
くやしいから、ちゃんとしっかり私を独り占めしてよね。
Long Vacation~ひとり占め!summer☆girl~
冬なのに、南国の話です。
ぱんたんずさんの幻想エアリーに滾った結果、わー!となって、ど甘いお話を書いてしまいました。
すごいよ幻想エアリー。乙女のだれもがゲーム化されるのを願っているに違いない(笑)
かなり乙女脳で書いたので、ホント、甘いです。
カフェシリーズを超える甘さかもしれません。
続きは前のバージョンでお願いします。
カイト→がくっぽいど→レン→キヨテル先生
と順番に旅をしてください。
コメント2
関連動画0
ブクマつながり
もっと見るシリアス、へたれ、格好いい兄さん、ひきょう、バカイト、アイス、絶滅危惧種。
沢山の仕事を選ぶことなくこなしてきたおかげで、与えられた情況によって、カイトは色々な表現することができるようになっていた。
ガチであれネタであれ、どんなに無茶なことでもやってみると面白くて、自分の新たな一面を知ることが...Master・誕生日と、記憶と、今現在と。・1
sunny_m
~この話は、ぬるいですが性的な表現があります。
苦手な方はご遠慮ください。~
長い髪を二つに結い上げた少女は、光の中であどけなく微笑んでいた。
少女を中心に、世界が色を取り戻した。止まっていた時計が時を刻み始め、消えていた音が再び流れ始めた。
―カンタレラ―
「本当に瓜二つだろう?」
窓...鳥篭と蔦1~カンタレラ~
sunny_m
俺はどうしようもなく動揺している。
もともと俺はモテなかったし
恋愛とは縁遠かったからかもしれない。
だが今、俺は告白されている。
手汗が尋常じゃない。
体中が心臓のようにバクバクしている。
普通のクラスメイトとかなら
なんとか対応できたかもしれない。
だが今、
たった今俺に告白したのは...【レンリンss】 I don't know.
ジェニファー酒井さん
―絶対なもの。
だし巻き卵。遠く高い澄んだ青空。ふわふわのシフォンケーキにホイップクリーム、それにお砂糖一つ分のコーヒー。水撒きした庭からやってくる湿った風。
絶対なもの。
お兄ちゃん、お姉ちゃん、がちゃ坊。
ごりごりごり、とがちゃ坊がひたすらにすりこぎですり鉢の中身をすりつぶしていた。ごり...今日の夕ごはん・1
sunny_m
※この話はいっこ前に書いた微熱の音の続きのような話です。
これだけだと、?なところもあるかもしれません。
それでも良いよ!あるいは読んだ事があるよ!という方はどうぞ~
↓
↓
↓
マスターが。と、ミクが泣きそうな顔で言った。
「マスターがいま、ひとりなの。ひとりで、泣きそうな顔してたの」
自分が泣き...Master 透明な壁・1
sunny_m
白くけぶる朝靄の向こう側に、青い空が見えた。オレンジ色の太陽光線が目を刺す。ぼやけた意識の中で、ゴミが山となった場所で足が動かなくなり気を失ったのだと思い出した。
気を失ってからどれぐらいが経っただろうか。たしか、気を失ったとき太陽は丁度頭の真上にあった。痛いくらい攻撃的な眩さからしてこの太陽は...QBK・1~野良犬疾走日和~
sunny_m
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
時給310円
ご意見・ご感想
おい、誰かsunny_mさんをとめろ ←
こんにちは、読ませて頂きましたし聴かせて頂きました!
が! 正直何てコメすりゃいいんだコレ……。(^ω^;)
ギャルゲーの反対って何て言うんだろ。ボーイズゲー? なんか違うような。ともかく、女の子の恋愛シミュレーションを疑似プレイしている気分になれました! 貴重な体験でした!
ところで、これが今年最後のコメになるかも知れないので、この場をお借りしまして。
今年1年お疲れ様でした。良いお年を~。(クリスマス? ツリーは門松になりました)
2010/12/19 12:29:00
sunny_m
>時給310円さん
誰も私をとめてはくれませんでしたwww
読んでいただき、ありがとうございます!原曲様も聴いて頂けたということで、ありがとうございます!!
正直、「これは男性の方はちょっとコメントしづらいだろうなぁ(笑)」と思っていたのですが。
コメントも、ありがとうございます(笑)
乙女脳全開の深夜のハイテンションで書いたので、後に読み返したら自分でも恥ずかしかったですね?。
現実ではありえないからこその、妄想万歳です☆
なんだか乙女ゲームの疑似プレイできたようで、なによりですwww
年末のご挨拶、ありがとうございます!
来年もよろしくお願いします!!良いお年を☆
2010/12/19 23:39:05
藍流
ご意見・ご感想
こんばんは、藍流です。読ませていただきましたー!
すみませんこのゲームいつ発売ですか? ノベルゲームによくある会話画面が見えるようでしたよ!
いいなぁ南国バケーション……。
4人それぞれ味が出ていて、よりどりみどりで美味しいお話でした。
俺キャラ現代人ながくぽも格好良いですね~。自分がいつも古風キャラで書くもので、これもときめくな!と思いつつ読ませていただきました。
そしてうっかり、恋愛シミュレーション系ゲーム風ノベルを書きたくなってしまいましたよ。
楽しく読んだところで終わらず、自分もあれこれ書きたくなってしまうのが悲しいサガですねw
2010/12/17 23:39:40
sunny_m
>藍流さん
読んでいただきありがとうございます!!
このゲーム本当にいつ発売なんですかね?
がくぽはちょっと悩みました?。
古風な言葉遣いにして、ビキニ女子に翻弄される古き良き日本男子にしようかな。とか一瞬考えたのです。
だけど、古めかしい口調で南の島バカンス。って乙女というよりも面白思考寄りだなぁ。とやめたのです。
でもこれはこれで面白かったかも。とか。今更ながらに思ったり。
ついつい妄想しちゃうのは、これはもう本能というべきものですよwww
てか、書いてください!むしろお願いします!!
では、読んでいただき、ありがとうございました!!!
2010/12/19 23:24:19