「にゃあ」
処刑当日。
群衆の中に、まがまがしい刃を光らせてギロチンが用意された。
周囲を黒衣の者どもが囲い、民はその外側で期待のまなざしを向けている。
「王女」の死。それは自由への始まりだった。
誰かが死ねば、誰かが助かる。
誰かが死ぬことによって、誰かが喜び、誰かが救われる。
本当にそれでいいのか。
死の上に立つ自由なんて、意味を持つのか。
つい問いたくなる。でも同じことを王女もやってきたのだ。
当然の罰だと人は言うだろう。
ハムラビ法典のような単純な理論で、今あの処刑台は立っている。
目には目を。死には死を。
復讐の輪は終わらない。悪循環の悲劇は終わらない。
灰猫は深く帽子をかぶった。
自分が召使いの立場にあったなら、私も同じことをしてみせるだろう。
召使いも、レンも、私も、大切な人を守るために必死になるから。
だから勝手に思いこむ。
今の私のように、
誰かが死ぬことによって、誰かが救われる。なんて――
ばかだと思うよ。こんなの、美学とか理想に近いからね。
でもそれでも必死だったんだ。
レンも、召使いも、私も…。
灰猫は振り返り、帯人と雪子を見た。
処刑の時間は午後三時。後少しで、処刑が始まる。
「これが最後のチャンスです。
周囲を確認しましたが、コーディオの軍が隙間なく配置されていますね。
突破するのは危険ですが、それ以外に方法がありません。
処刑台に召使いがあがったら、一気に突破しましょう。
私がコーディオの軍の相手をします。君たちは行ってください。
帯人君、雪子さんをお願いしますよ」
「僕が必ず、雪子を守る…誰にも、傷つけさせない……」
「灰猫さんも気をつけて…、絶対にレン君を助けます!」
「お願いします」
三人は歓喜する群衆に紛れて、そのときを待った。
灰猫の手には、剣。
帯人の手には、アイスピック。
雪子の手には、短剣が渡された。
各々、最低限抵抗できるものを装備した。
できることなら、こんなものを使いたくはない。
しかしコーディオが相手なら、話は別だ。
やがて短針は進み、そのときは来る。
騒がしくなる人々。そのまなざしの先に、連れ出される「王女」。
美しい笑みを浮かべ、堂々とギロチンに首を差し出す。
これで、あなたの思い通りに物語は進んだ。
でもね、あなたはこれを望んでいたの? …私は信じないよ。
罵声の中、三人は動き出した。
人をかき分け、できるだけ敵に気づかれないように息を潜めた。
ふと雪子が動きを止める。
一番前に見覚えのある背中を見つけた。
あれは…あれは……
「…雪子…早く…」帯人の声も、雪子には届かない。
人影が、突如走り出す。
雪子はその背中を追って走り出した。帯人の咄嗟に伸ばした手も、届かない。
人影は群衆より一歩前に出て、処刑台を見上げた。
その人影の顔は隠れて見えないが、「王女」にはそれが誰か解った。
処刑台に首を預けながら、「王女」は笑った。
「あら、おやつの時間だわ…」
それが僕の最後の台詞。まだ三時にもなっていないのに、僕は言った。
君の気持ちを知ってから解ったんだ。
こんな物語を、物語通りになぞっていくなんて、ばからしいって。
――僕は、君の涙を見たくないんだ。
「私だって、そうよ…」
処刑台に向かって、人影は声を張り上げた。
顔が露わになる。「王女」とうり二つの、美しい少女。
その声が高らかに響く。
「私が「王女」よ! 私がこの国をこんなにめちゃくちゃにした張本人!
恨むなら私を恨みなさいッ! 殺すなら、私を殺しなさい!」
私だって「大切な人」を守りたい。その気持ちは同じ。
周囲が騒然とする。「王女」の顔をした人間が二人もいるのだ。
困惑する兵たちはどうしていいか解らず、ただ二人を凝視していた。
「馬鹿者! 迷うな! 「王女」が二人いるならば、二人とも殺せ!」
コーディオの声がとどろいた。
見上げれば空中に、コーディオが漂っている。
「なにをためらっている? 双子でも、同じ血だ。
同じ罪の色をしているのだ。おまえらを苦しめた、その血だぞ?
さあ、殺せぇえええ!!!」
兵はそれでも動かない。物語が異常な方向へ進んでいるからだ。
兵も、民も、混乱している。…使えぬやつらめ。
コーディオは舌打ちをして、指をパチンと鳴らした。
どうせストーリーが変わったなら、最高の悲劇で締めくくろうか。
「行け。…皆殺しだ」
異形の者どもが、吠える。悪寒の走るその声に、民は怯え、逃げまどう。
だがそれを逃すことはなかった。
黒衣の者どもは民を次々と襲い、飲み込んでいく。
その手は本物の王女にも、襲いかかる。
「伏せて!」
雪子の短剣が黒衣の手を切りつけた。
痛みにおののく黒衣。その一瞬の隙に、雪子は王女の手を引いて走り出す。
雪子は王女に言う。
「ちょっとだけ、見直した」
「……ありがと」
「でも一つだけ、お願いだから約束して欲しいの。
灰猫だって言ってた。…もっと自分を大切にして欲しいって。
王女も召使いもそうよ。二人して「死にたい」って思わないでよ。
大切な人のために死ぬなんて矛盾してると思う」
「……」
「お願いだから、彼と一緒に「生きたい」って言って?
書き換えるなら、ハッピーエンドにしたいじゃない」
王女はふふっと笑った。笑い方が召使いにそっくりだった。
「……そうね。私は、生きたい! あの人と一緒に生きたい!!
自分の犯した罪も、全部全部背負って、あの人と生きていきたい!!」
「生きたい」という強い意志が、世界を変える。
物語を全て塗り替える――
処刑台の下はひどく騒がしい。本当に物語は変わってしまったようだ。
王女は大丈夫だろうか。書き手が一緒だったから、大丈夫だと思うけど。
黒衣の者が召使いに近づく。その手には斧が握られていた。
どうやら処刑の時間さえ、書き換えられてしまったらしい。
はは、死ぬのか僕は。
そうか、ここで死ぬのか。
これでいい。それでいいじゃないか。本来、こうなるべきだったんだ。
あはは、どうして僕は泣いているんだろ。
泣く必要なんてないのに。
ああ、どうして。
未練たらたらじゃないか。……いいんだよ。なあ、泣くな。
泣くなよ。
泣くな。
「……うッ…ぐす…う、うぅ……」
涙がとまらなかった。
あのロープが切られたら、僕の首は飛ぶ。
僕は……死んでしまう…。
死にたくない。
王女と一緒に生きたい。
僕が死んだら、王女が泣いてしまう。
あなたにはいつも、笑っていてもらいたいのに――
「……うわあぁああああああ!!!!」
黒衣の男はロープに向かって斧を振り下ろした。
優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第22話「君と生きたい」
【登場人物】
増田雪子
帯人のマスター
帯人
雪子のボーカロイド
灰猫
リンとレンを助けるために行動する青年
王女
リンの意思を持っている
心の底から「生きたい」と願う
王女が殺されると、リンも死んでしまう
召使い
レンの意思を持っている
リンの思いを知り、彼女と生きたいと思っている
召使いが殺されると、レンも死んでしまう
コーディオ
どうせ物語が書き換えられたなら、「バッドエンド」にしようと企む
黒衣の者どもを飼い慣らしている
【コメント】
王女も召使いも「大切な人のために自分が死ねばいい」と思っていました。
でも、心の底から「生きたい」と思ったので、ストーリーが変わります。
お互いの存在の大きさに気づいたので、この悲劇はなくなりそうです。
しかし、コーディオ君はバッドエンドにしようと必死です。
でもコーディオ君も……実は……^^
コメント3
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ブクマつながり
もっと見る今日、変な人に傘を貸してもらった。
いいのかなぁ…って思ってたけど、濡れるのは嫌だったし、
結局受け取っちゃった。
正直、すごく助かった。
すごくお礼を言いたい…。
黒髪に、包帯が印象的なあの人。
すごくきれいな顔立ちだったなぁ。
…でも、どこかで見たことがある気がする。
あれだけイケメンなんだもの...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第15話「君のそばに行くから」
アイクル
暗闇の中で、僕は目を開けた。
輪郭さえ不確かな状態だった。
僕は勇気を出して、一歩ずつ前に出る。
途中で、わずかな光をとらえた。
僕はその光を目指して走った。
「―ッ」
一瞬だけ、雪子の声を聞いた。
なんと言っているのかは解らない。
とても楽しそうな声だった。
光がまぶしくて、僕は目を細めた。...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第14話「僕が消えていく世界」
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「痛…」
左手首があり得ない方向にねじ曲がっていた。
さっき爆風に巻き込まれたせいだ。
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リンを一人にできない。…それにここなら、彼女は動ける。
自由に歩けるし、笑えるから」
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革命は起きてしまった。彼の言うとおり、避けられなかった。
落胆する雪子の頭を帯人は優しくなでた。
燃え上がる町。悲鳴をあげる人々。廊...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第21話「王女と逃亡者」
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光の中に包まれて数秒後、私たちは地面に足をつけた。
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「学校だ」
そこは、クリプト学園だった。
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どうやら夜のようだ。
電気が一つもついていない学校は、月明...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第04話「とある少女の庭」
アイクル
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ご意見・ご感想
アイクル
ご意見・ご感想
コメントありがとうございます^^
クライマックスまでこのペースで書いていきます。
つまづかないように努力します。
悪ノシリーズも、書き手によってはいろいろな見方があるようで。
PVもたくさんあって、いろいろおもしろいです。
書き手の想像力を刺激する、偉大な作品ですよねえ。
ブクマありがとうございます。
全部読んでくれたんですか? すみません、なにかと長い話になってしまうんです^^;
これからもよろしくお願いします。
2009/03/23 19:57:10
まにょ
ご意見・ご感想
本家「悪ノ」シリーズも書き手によって書き換えられませんかねぇ・・・。
そんなことを考えてしまいました。。続きが気になります!!
では。また次回あいましょぅ・・!
2009/03/22 23:24:14
とと
ご意見・ご感想
お、おもしろい!
もうすぐクライマックスですね!
つ、続きが気になる・・・。
頑張って最後を仕上げてくださいね^^
2009/03/22 16:47:00