郊外は町よりも、より闇が濃かった。
暗すぎて肉眼ではよく解らない。
でも怖くはなかった。
私の手をちゃんと引いていてくれたから。

井戸が見えてきた。
ざわ、ざわ、と木々が騒ぐ。誰かが歩いている。

帯人は咄嗟にアイスピックを構えた。

「動くな…」

雲間から月の光が差し込む。光に照らされて、その輪郭がはっきりする。
黄金色の髪の毛に、執事服。間違いない、召使いだ!
召使いはフッと笑う。

「なにか?」

召使いの腕の中に、眠る少女がいた。
緑色のツインテール、その姿は初音ミクそのものだった。
寝息を立てている。まだ死んではいない。

「殺しちゃだめ! 王女のためだとしても、だめよッ!」

召使いは豆鉄砲でも食らったような顔をして、笑った。

「正直、驚きました。本当に来たんですね、書き手さん」

「知ってるの? なら、お願い。殺さないであげて」

「できないと言ったら、どうしますか?」

帯人がスッと前に出て、召使いにアイスピックを突きつけた。

「…力づくでも、…阻止する」

「拒否権はなしですか…。僕は王女の命令に従うのみです。
 これは絶対です。そういう、物語なのですから。
 …しかし、書き手がいるのなら話は変わる。
 書き手さん、あなたたちに物語を変える覚悟はありますか?」

「あります! 絶対に助けますから。あなたも、その子も、…みんな!」

「なら、書き手さん…お願いがあります。
 ……彼女を、王子のところへ連れて行ってあげてください。
 あそこなら大丈夫だから。それを彼女も…望んでいるはず……だから…」

召使いの声が震えていた。
瞳からぽろりぽろりと小さな涙の粒が落ちる。
月光に照らされて、きらきらと涙が輝いていた。

「できるなら…誰も…傷つけたく、ないんです…だれも………」

「解りました…。彼女は私たちが責任を持ってお連れします。
 もしかしてこれから起こる革命のことも、あなたは知ってるんですか?」

召使いは小さく笑みを浮かべた。

「知っています。…物語はそういうものです。
 ストーリーは一つだけ。書き直すことはできません。人生そのものです」

ひどく自虐的な笑みを浮かべていた。

王女も、この子も、誰も傷つかないために、この人は死のうとしている。
そう、はっきりと解った。
それは間違っている、と言い返す力が私にはなかった。

雪子は言う。

「私たちは書き手です。
 誰も悲しまない、そんなストーリーに書き直してみせますからッ!」

「ありがとう書き手さん。
 でも、きっと…書き直せないことだってあるんですよ。
 書き直してはいけないことも、あるんです。
 ただあなたは、僕以外の人間を救うことに専念してください。
 お願いします」

「そんなお願い、…聞けるわけないです。できません…」

もうそんな笑顔を向けないで。
泣いてしまうから…。


どこからともなく、蹄が鳴る。
木々の隙間を駆け抜ける風が運んでくるのか、幻聴なのか解らない。
けれどそれは確かに聞こえた。

「にゃあ」

灰猫の鳴き声とともに、突然、月夜に白馬が駆け上がる。
高らかにいなないたそれは、
青い髪をした王子様と王女の愛馬ジョセフィーヌだった。

灰猫はスタッと着地し、深々と挨拶をした。

「ただいま戻りました。ご紹介しましょう。
 こちらの方がかの有名な青の国の王子様です」

「ど、ど、どうしたんですか!? 灰猫さんッ!」

「……てれぽーてーしょん?…」

「言ったでしょう? 説得してくる、と。
 愛を取るか、国を取るか。最大の決断を迫ったのですよ。
 王は案外解るかたでしてね、ほら、この通り」

青の王子様が前に出て言う。

「書き手のみなさん、こんばんは。僕が青の王です。
 もう覚悟を決めました。僕は彼女と逃げることにします」

「愛の逃避行。すばらしきかな、ロマンチック・ラブ・イデオロギー。
 ああ、そうそう、王女の名馬ジョセフィーヌは無断で拝借してきました」

夜のせいか、灰猫は生き生きしていた。

召使いはクスッと嬉しそうに笑い、少女を抱き上げた。
静かに王子に近づく。王子も無言で彼に近づいた。

「彼女を幸せにしてみせるよ」

「……王様。お願いします。彼女を守ってあげてください…」

「ああ、解った」

王子はそっと優しく少女を抱き上げる。
そのままジョセフィーヌにまたがった。

「君も、彼らがきっと、助けてくれる」

召使いは首を横に振った。

「…僕はいいんです。みんなが笑ってくれるなら、それでいいんです」

「いいわけがない。君を失い、泣く人がいる。…僕だってもちろん悲しい」

「いいんですよ。…時間もありません。ほら、行ってください。
 どうかお元気で…」

ああ、またそうやって自虐的に笑う。
自分を傷つけて、自分だけを犠牲にしようとして、解決しようとする。
召使いさん…それは間違ってる。

王子はジョセフィーヌを走らせた。
勢いよく走るジョセフィーヌ。まるで風のように駆け出す。

走り出すとき、一瞬だけ、少女と目があった。寝ていなかったのだ。
微笑みながら、小さく「ありがとう、雪子ちゃん」と言った。

あの笑顔。やっぱり、初音ミクちゃんだったんだ。
「お幸せに―」と答えて、雪子は二人を見送った。

地平線に消える王子と町娘。
朝焼けになるころには、だいぶ遠くまで行けるだろう。

灰猫は言う。

「これで、初音ミクさんも夢から覚める。
 王子は革命に加勢せず、革命自体困難なことになるでしょう。
 王女は殺されないかもしれない」

雪子は召使いの顔を見た。
「よかったね!」とでも言うかのような表情に、召使いは苦笑した。

「残念ですが、そう簡単にはいかないのです。
 運命というものがあるのなら、国の死は、それなのかもしれません」

「またそういうことを言うのね。大丈夫よ。
 私がハッピーエンドに変えてみせるから」

「ぷっ、はっぴーえんどですか? ああ、そうなるといいですね」

「あ、ばかにしてませんか!?」

「いいえ。ぷ、くくく…」召使いは声を殺して笑っていた。

あ、そうだ。忘れるとこだったわ。

雪子はポケットから、王女から預かった小瓶を取り出した。
それを見るなり、召使いは顔色を変える。

「これをあなたに、って―」

「どうしてそれを…。いりません。受け取りませんから」

「え、そんなっ! 受け取ってください!」

「だめです! は、放せッ!」

引き留めようとする雪子を突き飛ばし、召使いは走り出した。
召使いの姿は夜の闇に紛れ、消えてしまう。
すぐに追いかけようとする帯人と灰猫を、雪子が阻止した。

「いいの…、きっとまた会えるから」

「……大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。けがもしてないから、安心してね」

「それじゃあ、行きましょうか。
 次の悲劇は…おそらく革命当日でしょう。
 物語が変わっているのなら、革命は失敗に終わってしまうでしょうが…」

雪子はギュッと音楽時計を握りしめた。

「どんな状況でも、絶対に助けよう! みんな!」

「うん…!」
「もちろんです!」

召使いさん、あなたを死なせません。

♪♪~♪~~♪~♪~~♪♪~♪~~♪~♪~~

音楽時計が自然と音楽を奏で始める。
同時に光があふれ、視界は一気に真っ白になった。

雪子はそっと瞳を閉じた。






からん。
寂れた酒屋の戸が数日ぶりに開いた。
中は酒屋というより、廃墟で、棚には数本の瓶しか並んでいない。
カウンターには燃えるような赤い髪をした女性が立っていた。

「あら、ごめんなさい。うちは営業してないのよ」

聞こえていないのか、入ってきた男はカウンター席に座る。
見るからに不気味な男だった。
同じ空間にいるだけで悪寒がするほどに。

「出て行ってくれる? あんたに出す酒はないよ」

「くくく…」

のどを鳴らす男。女性は眉をひそめる。

「知っていますよ。…力が欲しいのでしょう? 革命軍の女将軍様ぁ…」

「ッ!?」

男は立ち上がり、踊るようにアコーディオンを激しく奏でた。

「さあ、お望みをお教えください! この私に!!
 この世を変える、一世一代の革命(ひげき)をともに――!!!」

さあ―!
さあ――!
さあ―――!

アコーディオンの音色とともに、女性の口元が静かに歪んだ。

さあ あなたは なにを おのぞみ かな ?

「クク…くふふふぁははあっははははははあはっははははッ!」

銀の王よ。
この世の創世者よ。
私の対極に位置するものよ。
おまえが本気で彼女を救おうというのなら、
わたしも本気で彼女を殺しにかかろう。

彼女が夢から覚めてしまえば、この世界は消えてしまう。

彼女を夢ごと殺してしまえば、この世界は死んでしまう。

そう、同じことさ。
どっちにしろ、同じことなら、私は後者を選ぶ。

なぜって?
死は私の領分さ。
それに、こっちのほうが楽しいだろう。ふふはははっはあははははあ!


至る所に歪みが生まれ、歪みは歪みを呼び、
それが幾重にも重なって、やがてどうしようもない渦になる。
不幸の悪循環。
最悪の悲劇。

その円の中心が、リンだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第20話「悲劇の渦、終わらない歪み」

【イラスト】
召使いと町娘のシーンは、このイラストを見ながら書きました。
すてきな絵です↓

http://piapro.jp/content/n3uthyi29rj3dn6f

できるなら、召使いだって町娘と結ばれたかったんです…。

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター

帯人
 雪子のボーカロイド

灰猫
 リンとレンを助けようと努力する青年
 実はリンとレンにかわいがられていた猫
 王様と呼ばれていた

召使い
 王女に忠実な召使い
 王女を慕い、誰よりも王女を大切にしている
 自分が死ぬことを知っていても、悲劇を避けようとはしない

町娘
 実は歪みの国のアリスの世界で発狂していた初音ミクだった
 町娘は殺されずにすんだため、初音ミクは夢から覚めることができる

青の国の王子様
 町娘に恋をしていた王子様
 灰猫に諭され覚悟を決め、町娘と駆け落ちする
 容姿はカイトに似ているが、カイトはすでに夢から脱出しています^^

赤い髪の女性
 革命軍の女剣士
 戦力不足に頭を抱えているご様子

コーディオ
 この夢の世界の死神
 灰猫を嫌っている

【コメント】
リンのネガティブな思考が、不幸な世界を生み、再び悲劇を繰り返す。
それが渦みたいになってこの世界を形成しています。
だから、コーディオの破壊欲はリンの意思も含まれています。
でも「助けて!」という思いを発していたりします。
その思いをキャッチしたのが、灰猫のような人なんです。

と、まあ、説明です^^;
次はとうとう革命当日。
再臨した無敵最強キャラ「コーディオ」に
果たして帯人たちはどう立ち向かうのか!?乞うご期待!!…てな感じでww

閲覧数:822

投稿日:2009/03/20 22:22:12

文字数:3,818文字

カテゴリ:小説

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  • アイクル

    アイクル

    ご意見・ご感想

    こ、コメが、コメがぁあああ!!Σ(ノ□<)
    目も開けられないほど、みなさんのコメがまばゆいですッ!
    毎度毎度、たくさんのコメありがとうございます。

    クライマックスまであともうちょっとです^^
    これからも妄想出力上げながら必死に書いていきますよ!
    駄文だらけですが、これからもよろしくお願いします。

    厨ノ小娘…ですとッ!?Σ(◎□◎
    虹子さんもあのかたのファンだったとは……うッ!この感覚…貴様も邪気眼の使い手なのか…ッ!?(笑

    月々さん、はじめまして^^
    こちらこそよろしくお願いします♪
    こんなやつですが、どうか仲良くしてください。

    C.Cさん、毎回欠かさずコメしてくれてありがとうございます≧ワ≦
    感謝の極みです!
    これからもよろしくお願いします。

    2009/03/21 18:11:25

  • FOX2

    FOX2

    ご意見・ご感想

    物語性と文章力が桁違いに高いですね!うらやましいぃぃぃぃ。
    しかし曲からこのような物語をお考えになるとはなかなかの妄想・・・いえ想像力をお持ちで!
    更新を心待ちにしております。

    2009/03/20 23:22:14

  • 数卵

    数卵

    ご意見・ご感想

    はじめまして、月々と申します。
    昨日このお話の第19話を発見しておもしろそうだったので、第1部の最初から拝見しました。

    一回のコメントでは表せきれないくらい内容の濃い文章でとても感動しました。
    なので、ブクマさせていただきました。

    自分はここ(ピアプロ)にきてまだ1か月の新人ですが、応援しています。では。

    2009/03/20 22:44:46

  • まにょ

    まにょ

    ご意見・ご感想

    ストーリー性が半端なくすごぃですね!!
    次回が楽しみです。。ホントに期待しちゃってますw
    なんか、アニメとかになってもおかしくない気がします。。

    2009/03/20 22:37:43

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