注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 リンの次姉、ハクの視点で、第十九話【死ぬ前に一度は生きてみたい】の直後の話です。 よってこの作品を読む際は、『ロミオとシンデレラ』第十九話【死ぬ前に一度は生きてみたい】までと、外伝その八【あの子はカモメ】を読んでから、読むことを推奨します。


 【突然の連絡】

「うーん、頭痛い……」
 頭痛を感じながら、あたしは起き上がった。あ~、そう言えば昨日は昼間っから飲んじゃったんだっけ……。くらくらする。うわ、壁際でコップが割れてる。酔った勢いで昨日、投げちゃったか。はあ……酔っ払うのって、酔っている間は何もかも忘れていられるからいいんだけど、覚めると途端に空しくなるのよね。
 そもそも、なんで飲み始めたんだっけ? あ、そうだ。昼間にトイレに行こうと部屋を出たら、廊下で姉さんと鉢合わせしちゃったんだ。引きこもりを始めて以来、妹のリン以外の家族とはまともに話していないあたしだけれど、こうやって廊下で会ってしまうことはある。姉さんは例によって、完璧という言葉を体現したような格好だった。そして、こっちをちらっと見ただけで、後は何も言わずに行ってしまった。いつものことだけど何だかいらっときて、部屋に戻ったあたしは、前に応接室からくすねてきた年代物のウィスキーを飲み始めた。そして……それからの記憶が全く無い。
 ……あれ? そういやウィスキーはどこに行ってしまったんだろう? 戻した記憶はないんだけど。おかしいわね。
 は~、それにしても懐かしい夢見たわ。夢の中であたしは高校一年生に戻っていて、メイコ先輩と話をしていた。メイコ先輩……今どうしているのかな。今のあたしを見たら、何て言うんだろう……多分怒るな、先輩のことだから。
 こうなってしまったのには、あたしを取り巻いている環境が、一言じゃ説明できないぐらい複雑ってのもあるんだけどね。あたしのお父さんという人は、教育熱心ではあるのだけれど、それはどこかピントがズレているというか、妙な感じの教育熱心さの持ち主。勉強勉強とやかましく言うけれど、自分から勉強を見ようということはせず、成績を見てはひらすら文句をつける、そんな人。そんなお父さんはあたしたちに四歳の時から家庭教師をつけて、読み書きや計算を学ばせる一方で、エスカレーター式の学校に放り込んだ。けど、姉さんがやたらデキが良かったのが、あたしたちの不幸の始まりだった。
 姉さんがよりにもよって、受験して難関の中学に受かっちゃった。そこはお父さんが卒業した中学で、有名な進学校。それ以来、お父さんは「娘を全員あそこに行かせる!」のが目的になってしまい、あたしやリンにも受験させると決めてしまった。あたしたちの意志? 当然、そんなものは問題にもならなかった。
 残念なことに、あたしのデキは姉さんとは比べ物にならないくらい悪かった。姉妹だからといって、同じように勉強ができるとは限らないのだ。神様というのは、つくづく不公平だと思う。姉さんはともかく、妹であるリンより勉強ができないというのは、色々な意味で辛い。どう考えても悲劇よね。完璧すぎる姉と、その姉には負けるけれど、それでも標準以上にデキる妹に挟まれるのって。リンを嫌えたらもうちょっと楽だったのかな。でも、リンもあたしと同じようにお父さんのプレッシャーに耐えているわけで、ある意味、あたしの気持ちを多少なりとも理解しているのは、リンぐらいなのだ。嫌えるわけがない。そんなリンは、最近どんどん表情が消えて、姉さんに似てきているような気がする。
 ついでに言うと、あたしは姉さんという人がよくわからない。頭が良くて、勉強ができて、真面目で、いつもソツのない態度を取ることができて、禁止されていることは絶対にやらない。レイディ・パーフェクト。……でもその一方で、趣味もなければ友達もいないし、妹であるあたしやリンに全く関心というものがなかったりする。姉さんの頭の中がどうなっているのかなんて、あたしには想像もつかない。
 とにかく、そんな姉さんのおかげで、あたしはしたくもない中学受験とやらをする羽目になり、当然のように失敗した。お父さんはあたしに対して「失望した」という視線を向けた後、あたしの高校受験とリンの中学受験の成功に対してやっきになりだした。
 結果として、あたしは高校も駄目だった。その時、あたしはもう一つ高校を受けていた。今までの学校に通うのが嫌だったから。周りは、あたしが昔から知っている人ばかり。中学も高校も受験に失敗したのね、って、そういう目で見られることに、あたしは耐えられなかった。せめて高校くらいは、あたしのことを知らない人ばかりのところに行きたかった。
 意外なことに、お父さんはそれを許した。……多分、お父さんの中で、あたしは受験に失敗した時点で「ダメな子」認定されたんだと思う。つまり、あたしがどうなろうと、お父さんにはもうどうでもいいことだったのだ。あたしはダメな子で、デキの悪い子で、期待外れの子。それは仕方がない。自分でも、わかっていたことだし。でもこう露骨に出されると、やっぱり辛い。
 高校に進学したあたしは、何か新しいことに挑戦してみたいと思った。それで、それまで全くやったことがなかったにも関わらず、バドミントン部に入ることにした。そこでキャプテンをしていたのが、当時三年だったメイコ先輩だった。
 メイコ先輩は面倒見のいい人で、後輩の練習につきあったり、相談に乗ったりといったことをよくやっていた。一方で厳しいところがあり、弱音を吐くと怒られた。あたしは一年の間は、随分とメイコ先輩のお世話になった。……迷惑をかけ倒した、とも言うのかな。ついつい弱音やら愚痴やら吐いちゃったことが、実は結構ある。今思い返してみると、なんとも恥ずかしいというか、聞く先輩は大変だったろう。
 はあ……でも、なんで今頃メイコ先輩の夢なんか見たんだろう。メイコ先輩が卒業して以来、あたしは先輩に会っていない。もう四年も経ってるのか。
 ふらふらしながらあたしは立ち上がって、机の上の携帯を手に取った。引きこもっている身で携帯なんか必要なのかって? まあ、確かにメールや電話という用途ではほぼ使わないけど、この部屋にはPCが無いから、ネットをやるにはこれしかないのよね。引きこもっていると、はっきり言ってすごく暇だし。
 携帯を開く。メールが幾つか届いている。どうせスパムだろうけど、一応チェックする……え?
 画面を見て、あたしは驚いた。届いている新着メール。その差出人を、見間違いではないかと何度も確認する。でも、その差出人のところには、確かにこう表示されていた。「鏡音メイコ」って。
 あたしはメイコ先輩から届いたメールを開いた。四年ぶりの、先輩からの連絡。メールには、こう書かれていた。
「ハクちゃん、久しぶり。高校の時に先輩だったメイコだけど、憶えているかな? 実は話したいことがあるので、至急連絡がほしいの。できれば、メールじゃなくて電話がいいんだけど。夜の九時から十一時までなら、大丈夫だから」
 いや先輩を忘れるなんてありえません、とメールに向けて思わず突っ込む。それにしても、いきなりどうしたんだろう。えーっと……今は朝の四時か。随分眠ってたみたい、あたし。すぐにでも電話したいところだけど、メールに指定された時間は夜だ。それまで待たなくちゃならない。朝の四時ならみんなまだ寝てるわよね。ちょっと階下に下りて食べるものでも調達してこよう。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その九【突然の連絡】前編

後編に続きます。
つーか、例によって長すぎるから切ってるだけなんですが。

閲覧数:1,008

投稿日:2011/10/11 18:41:59

文字数:3,107文字

カテゴリ:小説

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