どこの国も港の歌は、いつも底抜けに陽気なものだ。
人と物が行き交う賑やかな港の喧騒を眺めながら、三日ぶりに降り立った陸の上に一息付いていたメイコの耳に、またあの聴きなれた歌が聞こえてきた。またひとつ新しい船が着いたらしい。
積荷の上げ下ろしに合わせてテンポよく聞こえてくる船乗り達の荒っぽく陽気な歌声につられて、メイコがこの港にたどり着くまでにすっかり覚えてしまったその歌を口ずさんでいると、ふいに小さな拍手が耳に届いた。
「こんにちは。素敵な歌ね」
長い髪を結い上げドレスを身に纏った女性が、メイコの頭上近い橋の欄干から半身を乗り出していた。碧の瞳が興味深そうに、じっとメイコを見つめている。
「どちらからいらしたの?異国の方」
「クリピアよ。さっきの船でこの国に着いたばかり。あなた、この国の人?すごい活気ね」
一瞬迷ってから、メイコは砕けた口調で答えた。
驚いたように女性――と言っても、よく見ればまだ少女だ――が、目を見開く。
身なりからすると下流か中流貴族の娘と言った所か。馬車にも乗らず慎ましい装いではあるが、それでも明らかに平民のメイコとは身分が違う。
無礼を怒るか、不快を示すだろうか。
すぐに失礼を詫びて控えた態度を取るべきだと理性は訴えていたが、何かの衝動がそれを押し留めていた。何か、不思議な期待のようなものが。
相手の反応を待つメイコに、少女は瞬き、そして笑った。
「本当、賑やかね。実は私もこの国に来たばかり。結婚相手がこの国の人なの」
屈託のない声に、思わずメイコの口元が緩んだ。
二人はお互いの眼を見て笑い、昔からの友人同士のような気安さで肩を並べ、橋の欄干に凭れた。
「それじゃ、おめでたい話なのね。私は仕事を探しに来たの」
「素敵だわ。ひとりで国を出てこられるなんて、やりたいことがあるのね」
無邪気な声を上げる少女に、メイコは苦く笑い、首を振った。
「そんなんじゃないわ。もうあの国にはいられないだけよ。税が重すぎて、とてもやっていけない」
「そうなの?私、外国のことは詳しくないけれど、クリピアは豊かな国だと聞いたわ」
「豊かなのは都だけよ。作物を作ってもほとんど持っていかれるし、物を買えばそれに何倍もの税金が上乗せされているし、女子供が家を出て働けば人頭税が掛かるの。逆らえば死刑よ」
あまりにも世界が違う話だったのか、貴族の少女は呆気に取られた顔で呟いた。
「・・・仕事をするのにお金が掛かるなんて、どういう理屈なのかしら」
全くだ。メイコは内心で吐き捨てる。
それでも、少女の真っ当な感想に、ほんの少しだけ気分が晴れた気がした。
「愚痴っても仕方なかったわね。だから国を出てきたの」
眼下に広がる港に目を落とす。大型の船がいくつも停泊する向こうには青い海が続き、その更に先にここからは見えないメイコの故郷がある。
「自分だけのことならその日暮らしでもやっていけるけれど、まだ国に父がいるの。身体が悪くて、一緒には来れなかった。だから頑張って、早く良い仕事を探さなくちゃ」
「どんなお仕事を探してるの?」
「何だっていいわよ。お給料がよければね。とりえず、しばらくは港の積荷の上げ下ろしの手伝いをしながら、安定した仕事を探すつもり」
さばさばと言うメイコに、少女は信じられないとばかりに声を上げた。
「だって、そんなの力仕事よ?女性の方なのに!?」
「あはは。これでも、力はあるの。喧嘩の腕っ節だって、そこらの男には負けないわよ」
大げさな反応に笑って、メイコは自分の腕を叩いてみせる。
納得いかない顔の少女が、不満そうに眉を寄せた。
「もったいないわ。せっかく、あんなに素敵な歌を歌えるのに」
「ありがとう。でも歌が上手くたって仕事にはならないわ」
「あら、そう思うの?」
少女は何やら思案顔になると、再び深い湖水のような碧の瞳でメイコをじっと見つめた。
ああ、この目だ。漠然とメイコは理解した。
この曇りのない澄んだ瞳を一番最初に見てしまったから、メイコはどうしても彼女とまっすぐ向き合いたくなったのだ。
「ね、お名前はなんて仰るの?」
少女が唐突に問いかけた。
首をかしげる動きに翠の長い髪が揺れて、初めて美しい少女なのだと気が付く。
「メイコよ」
「メイコさんね」
「呼び捨てで良いわよ。あなたは?」
「ミクよ。ねえ、メイコ、私のお友達になってくれる?」
「それはもちろん、構わないけれど・・・」
急な話の切り替わりに戸惑うメイコに、ミクと名乗った少女は深い微笑を浮かべた。
「あなたがこの国で最初の私のお友達よ。だから、ちょっとお手伝いをさせて頂戴」
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第0話】前編
中編に続きます。
http://piapro.jp/a/content/?id=c1jg4hgaafxx1beh
第0話は本編に入る前の前置きになります。長い前置きですいません。
私の中で、めーちゃんはいわゆるジャンヌダルクなイメージなので、生来の剣士様設定ではないです。
なお、ミクレチア嬢の舌がもつれそうなお嬢様口調は、全編この調子でいきます。リン・レン・お兄様他、みんな、このノリですので、おkな方は頑張ってついてきてください。
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ブクマつながり
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「ちょ、ちょっと・・・」...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第0話】中編
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