二場面混在です。説明回です!読む方ご注意
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大きなカフェテリアの隅の席に、メイコは腕を組んで座っていた。
仕事場から直行して来たため、その身に纏うのは仕立てのいいスーツ。仕事帰りの会社員、という分類を非常に良く体現した格好だ。
窓から差し込む日の光がプラスチック製のテーブルの表面に当たって跳ね返り、少しだけ目に痛い。
彼女は短く整えた髪を軽く掻き上げ、溜め息を吐く。
「リン?…ああ、昔ミクが引き取った危ない子ね。あの子がどうかしたの?」
「ん―…もしかしたらもうそろそろ『潮時』かな、って」
「…」
メイコは黙って、向かい側に座るミクの顔を見詰めた。
学校帰りの学生服のままで机に肘をついたミクは、どこかぼんやりとした顔付きで二つに結った髪の先をいじくっている。
どちらかといえば大人びた仕種の多いミクだが、時々こうした妙に幼い仕種を見せる。それが悩んだり迷ったり、つまり何かを深く考えている時だと知っているのはひとえに付き合いの長さの賜物だ。
「…枝毛になるわよ」
「あ」
言われて、彼女は驚いたように毛先から指を離す。
潮時。
それが何を意味するのか、メイコには良く分かっていた。
何しろその言葉で何人を斬り捨てて来たか、考えるのも億劫になるようなのだから。
「嫌なの?捨てるのが」
ミクにしては珍しい、と言葉を向けると、ミクはその翡翠の瞳を細めて口を開いた。
ざわざわ、ざわざわ。
カフェテリアは昼下がりの喧騒の中にある。しかし、彼女の落ち着いた声は掻き消される事なくメイコの元に届いた。
「…情が移ったとかでは、ないのよ」
強がりの言葉ではない。ただ確認のために口にされた、それだけの言葉。
それを下地に、ミクは一段だけ思考を上乗せした。
「ただ、思ったとおりになったな、って」
思ったとおり。
メイコはその言葉を舌先で転がし、ミクの言葉の続きを待った。
ミクは勿体をつけるような性格ではない。余程の秘密でなければ必ず説明が続くということは分かっていた。
「思った通り、ですか」
「そう」
アンティーク調の椅子に腰掛けたまま、カイトは一つ頷いた。静かでやや小綺麗な雑多さのある、武官というより文官の部屋と言った方が
しっくりくる部屋。だから、少しだけ居心地が悪かった。
指揮官室に呼び出されて何事かと思ったら、何だか良く分からない話をされている…流れに付いて行けない。
ルカは心の中で軽く眉を寄せた。勿論表には出さない、上官に対して不敬な態度を取ることは彼女の性格が許さないからだ。
最も、もしかしたら目の前の男性には全て悟られているのかもしれない。心の動きのなにもかもを。ただ彼もまた知り得たことを顔に出さない、それだけなのでは?
そんな何の得にもならないことを考えるルカの前で、カイトは物思いに沈んでいるかのように言葉を紡ぐ。
「いずれ、そう遠くないうちに破綻が来るのは分かっていた。彼等は引かれ合う…不吉な予言だけれど、最初からそういうふうに作られていたのだから」
「…上官」
そんな言い方では分からない。言外にそう滲ませながらルカはカイトを見る。
その責めるような瞳に小さく微笑み、彼は昔を懐かしむかのように瞳を閉じた。
「ルカさんは知っているかな、レン君がご執心の娘さんの事を」
「え?…ああ、連続大量殺人犯の彼女ですか」
ご執心。揶揄だろうか。
確かにあれは、なかなか大した意識の仕方だ。あの憎しみの強さには異常なものすら感じる。
それは単に義憤のようなものなのかもしれない。ただ、それにしてもこの仕事に私情を持ち込むのは頂けない話なのだ。
「浪漫が無いね」
「あっても得にはなりませんから」
「確かに」
取り付く島もないルカの答えに苦笑し、カイトは世間話をするような口調で続けた。
「彼女はレンの双子の兄弟なんだ」
唐突過ぎる。
だがしかし、幸か不幸か、ルカはそんな上官の話の飛躍には慣れてしまっていた。
今回は内容が内容だが、言ってしまえばそれだけだ。
「…よくご存知ですね」
「僕は顔を見て知っていたからね。レン君がこちらの道に来た以上、彼女が大体どんな位置に立っているのかも予測がついていたし、そもそも素直にそのまま育ったような容姿だったしね」
用紙云々は理解できるが、道が何とか言うのがどういう理論かルカにはいまひとつぴんと来ない。しかしだからといって上官の語りに口を挟む事はなく、ただ静かに流れる言葉を聞いていた。
「だからすぐに分かった。レン君は気付かなかったようだけど」
ただ、それも―――。
カイトは声に出さずに言葉を繋ぐ。
「それもすべては予定調和の内、みたいね」
どこか残念そうにミクが言う。
何事に於いても『予想外』を好む彼女としては、まあ予測できる範囲の反応。
―――今は、静かに聞いているべきかしら。
そう判断したメイコは、ミクの話を良く頭に焼き付けておく。どこで必要になるかも分からないからだ。
「私も詳しいことは知らないの。リンを手に入れたときは彼女の背景なんて興味なかったし、そのあとすぐそこも潰してしまったし。今と
なっては知る術もないわ」
当時は情報漏洩を防ぐために、その施設を出来るだけ早くかつ確実に破壊した。
ミクの言葉にメイコは記憶を辿る。
覚えているような、覚えていないような。そもそも自分が関わったかどうかも定かではないのに…いや。
…あの時代なら、間違いなく私は駆り出されていたわね…
記憶が曖昧なのは、当時余りに多くの任務に関わっていたせいなのかもしれない。
「ただ、彼等は繰り返し口にしていた。お前はこちら、お前はそちら。鏡映しのお前達はけして同じものにはなれない。反対のものが一対あるのなら、それは何もないのと同じではないか?ってね」
過去を手繰るように、一言一言を確かめていく。
その言葉が何を意味しているのか、メイコには分からない。ミクも正確に理解しているわけではないのだろう。
しかし、その中に込められた強い執念とも言うべきものを感じ、少しだけだが嫌な感覚が体に染み込んで来る。
ルカは軽く顎を引いた。
彼らとやらの弁を聞いて、成る程、と腑に落ちることがある。
「鏡映し。…だから鏡音、ですか」
「孤児院から入寮して来た時、僕がそう名付けた。少し感傷的に過ぎたかもしれないけれど、分かりやすいから」
「彼はその由来を知っているのですか?」
「忘れているみたいだね、見たところ」
本当は。
カイトは思う。
本当は彼に気付いて欲しい。忘れているなら思い出して欲しい。何も出来なくなるほど、遅くなる前に。
彼等は間違いなく互いを大切にしていた筈だ。
ならば、気付かないまま終わるというのは、…余りに寂しい。
…でも。
「上官」
言葉を止めてどこか悲しげに微笑むカイトを真っ直ぐに見詰め、ルカは静かに口を開いた。
「レンの昔話をするために、私を呼んだのですか?」
違うのでしょう。
真っ直ぐに切り込んでくるルカに、カイトは一瞬で表情を消した。
青い目を閉じ、開き…そして自然な仕草で机の上を示す。
そこには、何丁もの拳銃が並んでいた。整然と、どこか美しく。
だがそれらはどれを取っても―――必殺の力を秘めた凶器であることに違いはない。
「いろいろとある。好きな物を取っていって欲しい」
その声には哀れみはあれど、情けは全く含まれていなかった。
その言葉で自分のすべき事を明確に理解し、ルカは拳銃をあれこれ手に取る。手に馴染む一丁を選ぶ為だ。
自分が一度引き金を引けば失敗は有り得ない。それを理解しながら、彼女もまた情に流されるつもりは毛頭なかった。
上官が何を考えているか、ルカには分からない。知りたいとも思わない。
彼女は冷静な歯車だ。命令にはただ従う。
「では、これを頂きます」
青い髪が縦に一度揺れるのを確かめ、ホルダーに入れる。微かな重みが、ひそりと意識に引っ掛かった。
「…僕は、非情だろうか」
不意に、小さな呟きがルカの耳を打つ。
カイトのその柔らかな独り言は、何とも形容し難い響きを帯びていた。
「これは、僕なりの優しさだと思うのだけどね…」
きい、と椅子が軋む。
続く言葉はない。
一人の青年と一人の女性は、何を思うこともなく静寂の中に沈んだままだ。
「監視?」
意外な言葉に、メイコの形の良い眉が跳ね上がる。対するミクは、真剣な顔で頷いた。
「多分、それだけでは済まないと思う。戦闘は覚悟しておいて」
戦闘。最も、メイコとしては自分が呼び出された時点でそちらの選択肢は確定されたも同然だったので驚きは無い。
彼女は足を組み替えながら、対峙することになるだろう双子の事を考える。かたや快楽殺人者、かたや特別警察の一員。いかに腕に自信がある身でも不安になる相手だった。
「…彼らに勝てるかしら」
つい不安が口をつく。
至極最もな不安、の筈だったが、それを聞いたミクは慌てて首を横に振った。長い髪が椅子にぶつかり、ぱさぱさと乾いた音を立てる。
「え?…ああ、違うの。多分メイコが戦う相手は、リンやレンじゃない。しかも高確率で不意打ちを頼むことになると思う」
「どういう事?」
「メイコ、私がなんでこんな組織を率いているか、理由の一端は知っているよね?」
一見全く違う話題。しかし少しの間記憶の中を検索し、メイコは口を開いた。
「自分の可能性を見てみたい。―――だったかしら」
「そう。それが全てではないけど、確かに理由の一つなの」
ミクはテーブルに肘をつき、両手の指先をやんわりと絡める。爪に塗られた若葉の色が、光を反射してきらりと輝いた。
「だから私は可能性を潰せない。私が選ぶ道は、常に当事者に取っての選択肢が多く残る方。それは私が決めた生き方だから翻そうとは思わない」
「何の話?」
「今は言えない。本当に思ったような展開になるか分からないし」
「慎重ねえ。…まあ、出来たらいつか教えてね」
あまり気のないメイコの言葉に、ミクは小さく微笑む。
暗い笑みではなく、まるで花のような笑顔。
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その笑顔のまま、ミクは頷いた。
「うん」
…こんな顔見ると、つい清純な聖女かと思っちゃうのよね。
なんとなく釈然としないものを感じながら、メイコは伝票を引き寄せた。
注文はお互いにコーヒー一杯。
その程度なら、別に奢ったことにもならないだろう。
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ご意見・ご感想
なのこ
ご意見・ご感想
やっぱり、おもしろいです!ブクマもらいます
2011/03/16 20:45:14
翔破
コメントのお返し
おおっ、小説待ち嬉しいです!ありがとうございます!
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でも後はもうラストに向かって行くだけなので、最後までお付き合い頂けると幸いです。
2011/01/27 09:17:51