「こーろーしーたーいー!」
私は叫んだ。もう、自分の年齢がどうだとか気にしないで、思いっきりわがままに。
「あの子をっ、殺したいー!」
「リン、最近そればっかり」
「だって!」
呆れたみたいなミクちゃんの言葉に、跳び起きて反応する。うん、子供っぽすぎるのは重々承知ですとも!
すっかり着崩れてしまった着物。私としては別に着物なんてなくてもいいくらいなんだけど、ミクちゃんはいつも何か着ろって言う。しかもテレビで見たけど、こういう服って物凄く高いらしい。けど、なんでも「リンちゃんには和服が一番似合う」だとか。…悪い気はしません。
「ああほら、裾はだけてる」
手慣れた仕草で襟元と裾が直される。
うーん、でも正直、ミクちゃんの方が断然和服が似合うと思うなぁ。お淑やかだし。
「う、…ねえミクちゃん、そういう仕事ないの?最近闇討ちばっかりでちょっとワンパターンだよ。勿論仕事貰えるだけ嬉しいけど、たまには撒き散らしたりつまみ食いしたり全力出したりもしたいよ!」
「ああ、確かに最近なかなか対多数の仕事はないからね。入って来たらリンに回すから安心して」
「はあーい」
仕方ないのは分かってるんだよね…そんな、私の欲しい仕事が簡単に見付かる訳じゃないのも当然。だってミクちゃんにはミクちゃんなりの計画があって、私はそれに便乗させて貰ってるだけなんだから。
余りにも殺したくなって、ミクちゃんを手にかけようかと思ったことま何度かある。だけど、その度に何とか思い留まってきた。
ミクちゃんを殺せば組織の人に命を狙われるようになるっていうなら、飢えに任せてミクちゃんを殺すのも魅力的。でも集められている人達の性格からして、それはなさそうなんだよね。
今の一人と後の百人、天秤にかけるなら後の百人を選びたい。まだ、どーしても殺したい!って程にはなってないし、堪えられるかぎりは堪えよう。
「何?手早くね」
不意にミクちゃんの声が響く。私は驚いて顔を上げた。
携帯電話。ミクちゃんの問い掛けは、それに向かってのものだったみたい。
相手は組織の部下さんかな?私はどんな人がいるのか全然知らないから、推測のしようがないけど。
「…そう」
「?」
険しい眼差しで頷くミクちゃん。でもその口元は笑顔。
ああ、待っていたものが来たのかな。そんな感じの顔してる。
こういう悪役っぽい顔をするときって、ミクちゃんは凄くカッコイイなあ。
そんな事を思いながら、ミクちゃんの綺麗な色彩を眺める。今更だけど、ミクちゃんってビショウジョだよね。
「リン、良かったわね」
ぱたん、携帯を閉じたミクちゃんが私に微笑みかける。
「撒いた餌に獲物が掛かった。…特警が私たちの拠点の一つに目を付けたみたい」
「…!それって!」
願ってもいない言葉に、私は目を輝かせる。
うわあああ、わくわくする!どきどきする!何だっけ、アナドレリン?アドレナリン?が分泌される感じっていうのかな。前にテレビでやってた。
「そう、任務よ。…来た奴ら、全滅させてしまいなさい」
「やった――――!」
私は大喜びで両手を挙げた。勢いよく、紙吹雪や血飛沫を撒き散らすときみたいに。
やっとだ、やっと!前に会ったときから時間が経ってしまったけど、特警を前にしたあの時の歓喜と興奮は忘れられない。
前は殺せなかったけど…だけど、きっと次は必ず。
ああ、待ち遠しくておかしくなりそう。
でも、約束を手に入れる事が出来たのは混じり気なく嬉しくて、私は緩む頬を抑え切れない。
「えへへぇ」
床をごろごろ転がりながらにやにやする。
次はどう足掻いてくるのかな?抵抗が強ければ強いだけ、殺したときの快感は増す。
山が険しいほど頂上に着いた時の達成感は大きい、そういうことだと思う。もしくは、餌を目の前に出されて「待て」をさせられた犬みたいなものかも。
…あれ私、犬レベル?
…否定できない…
残念な事実に気がついて落ち込む私の隣に、ミクちゃんがそっと膝を着く。
「じゃあリン、お洒落していかないと」
「オシャレ?」
「そう」
ミクちゃんの綺麗な手が、そっと私の髪を掻き上げた。
そういえば私の顔には傷痕があるはずだけど、ミクちゃんって全然気にしないみたい。ぼんやりとしか覚えてないけど、確かミクちゃんに拾われる前、街で会った人はみんな顔を背けて逃げ出したのに。
まあ、その分後ろから襲っちゃえば確実に殺せたっけ。
「髪飾りも服も新調して、持ち物も磨いておきましょう。愛しい彼等との再会だわ、デートみたいなものよ」
「デート…あ、テレビでよく出て来るあれか!男の人と女の人が二人でいろんなとこに行くやつだよね?今度もそう言うの?」
でも今回、多分相手は一人じゃないし、相手方に女の人も混じっているかもしれない。それでもデートって言うのかな?
「い、い、の」
何でか嬉しそうに笑いながら、ミクちゃんは音を区切って悪戯っぽく言った。
「それに私からの感謝の気持ちでもあるわ。大人しくしなさい」
…感謝の気持ち?
何だか不思議なニュアンスに首を傾げる。
何がどう引っ掛かったのか、自分でも良く分からない。違和感の尻尾を捕らえる前に、それはするりと私の掌を擦り抜けていった。
「…リン」
「なに?」
ミクちゃんの指が離れていく。
ぱさり。
一拍遅れて、私のそう長くない髪が肩に落ちた。
「ここは誰でも受け入れるような場所じゃないの。でも、リンは一度私の審査に合格した。だからもう、いつでもここに戻ってくる資格を持ってる」
私は首を傾げた。
ミクちゃん、何の話をしているんだろう?
戻ってくるもなにも、私は外に出ることさえ滅多に無い。そもそも外の世界には、人が沢山いることくらいしか魅力を感じない。だからそんな事言われなくても、ここからいなくなるような事はありえないのに。
ミクちゃんもそれを知ってるはずなのに…どうして。
相槌も上手く見つけられなくて疑問符を浮かべる私に、ミクちゃんは笑う。
あんまり見ない、儚げな笑顔。…綺麗だなあ。
「メイコにはああ言ったけど、やっぱり、出来るなら…ここがリンの帰る場所であってほしい」
私はもう一度首を傾げる。
変なミクちゃん。私、どこにも行かないのに。
でもその言葉がちょっとくすぐったくて、小さく笑った。
「建物は隣接した二棟、突入人数も二手に分ける」
上官の怜悧な声が、それほど広くない会議室に響く。
広くない会議室。俺はその事実に歯を食いしばった。
今、特警の人員は半数ほどに減っている。あの化け物のせいで、新入の人数が追い付かないほどの減り方をしているからだ。
だからといって、生半可な実力の奴らを数合わせとして入れる訳にも行かない。
俺達は「特別警察」。その名前に含まれたものに見合う力がなければ、入って来たところで何も守れず無駄死にするだけなのだ。
「まず、皆に伝えておく。…今回の作戦への参加は、志願制だ。場合によっては更にそこから参加人数を減らす」
声のない動揺の気配が、部屋の中を揺らぎ渡った。俺もご多分に漏れず、目を見開いてしまう。
皆の反応を見ても、上官は意に介さない。声は淡々と続く。
「恐らく、正面にはあの娘がいるだろう。そちらに回るものは、まず間違いなく命を落とす。今までの経験からこれは明白だ。だからそちらには、あの娘への囮としての二、三人のみを置く。ミッションは時間を稼ぐ事だ。倒せればそれに越したことはないが…それは難しいだろう」
場が静まり返る。
当たり前だ、恐らくここにいる全員がアレのしてきたことを見たことがあるんだから。
きっと今、皆の頭の中では惨状の記憶が蘇っていることだろう。
快楽殺人犯、おまけにその能力は俺達より高い。上官の言う通り前に立てば死は免れない。―――それは、無口にもなる。
「志願者は、いるかな」
「私に行かせて下さい」
何かを考える前に口が動いていた。
上官の青い目が、俺を見る。
表情の読み取れない深い青の瞳。
…その奥で何かの感情が蠢いたような気がしたのは、気のせいだろうか。
「誰かが行かねばならないなら、是非私に。以前アレは、私か上官と戦いたいと言っていました。ならば私が行けば、気を引ける可能性が高いのではないでしょうか」
畳み掛けるように、それでも冷静に上官に訴える。
間違った事は言っていない。その執着も、上官はきちんと把握している筈だ。
そして、俺がこの数回の接触で気付いた事。アレは、気分にむらがある。そして、その気分次第で強さを変えてくる。
この間のパーティー会場の時の速さで攻撃されたら勝てるとは思えない。でもその前、初めて見たときの状態であれば俺に利がある。
それに―――アレは俺を『簡単に殺したくない』と言っていた。なら、必ず俺を殺す過程に遊びを入れてくる。その隙を衝けば、あるいは。
「…分かった」
しばしの沈黙を挟み、上官が頷く。
「では正面には、レン、ルカ、君達二人を回す」
その声には抑揚がなく、何故か分からないが無理しているような感じがする。
何があったんだろう?まあ、俺がどうこう言うような事ではないんだろうけれど、少しだけ気になる。
それでも、追及のしようがない事もまた確かだ。すべきことに関係ない事は、極力頭から追い出さなければ。
こんな時に上官の感情を気にするような場違いな俺の頭に内心で嘲笑を投げ掛けてから、彼の言葉に意識を集中させる。
「難しい任務になるだろうけれど、特別警察の一員として全力を尽くしてほしい」
「はい」
「了解しました」
静まり返った部屋の中に、俺達二人の声が寒々と響いた。
ベッドに腰掛けて、俺は俯いたまま溜息をついた。
手は動かしてハンガーに制服を掛けているけれど、それもどこか虚ろだ。後で変な皺が付いていないか改めて確かめた方が良いかもしれない。
さっきの思考は、飽くまで後付けの「綺麗な面」でしかない。本当の理由、志願した理由は違う。
俺はただ、この手で殺したかっただけなんだ。
そこだけは、アレと全く同じ思考。
他の誰かに殺されるのを見ているんじゃなく、俺が致命傷を与えたい。それが叶わないにしても、最期まで命を削ってやりたい。
本当に、たかだか犯罪者一人に何でこんなに憎悪が溢れて来るんだろう。PTSDに近い過去の記憶に触れるからって、ここまで。
―――まあ、いい。
鏡の中の自分に、目を遣る。
醜い傷痕と潰れた目。医者からは、残った片目の視力が落ちないのは奇跡的だと言われた。
確かに両目が使い物にならなければ、その不便さは例えようもないだろう。
でも。
ふ、と鏡の中の自分の瞳が暗く陰った。
…だから、何だって言うんだ?
幾ら世界が見えたって、そこに光がなかったら何の意味もないんじゃないか。いっそ、見えないでいた方が幸せなんじゃないのか。
暗澹とした気分で記憶を反芻する。
すっかり掠れてしまった幸せの記憶。そして、それと対になるかのような血まみれのあの存在。
「…」
服をハンガーに吊していた手がぴたりと止まる。
いや、まさか。
でも。
…そう、か。
嫌な事に、気付いてしまった。
というか、既に薄々は気付いていたんだろう…それと意識していなかっただけで。
「…くそ」
漏れ出すのは、悪態。
―――吐き気がする。
俺がアレに重ねていたのは、自分だ。
醜悪な化け物。どこに収まることも出来ず、明日どう生きるのかさえ揺らいでいる。そんな中、ひたすらに自分の思いに忠実に生きているんだ。―――他の生き方を知らないし、知る気すらないから。
『人をヒトとして見てないでしょ?』
そうだ、見ていない、見られない。繋がりなんて煩わしいだけ。繋がりなんて、たった一つだけあればいい。
がく、と体が震えた。
怖い。気持ち悪い。吐きそうな気分だ。
「…ン」
鏡に手を付く。
触れたい。ここにいない、彼女に。
でも現実には鏡の向こうにいるのは俺自身で、鏡にはただ掌紋が残っただけ。
「リン…何処にいるんだよ…!?」
片割れに何を求めたいのか、自分でも分からない。
でもなんだか、不意に自分が頼りないものに感じられた。
今まで目を向けてもみなかった足元が実は砂の山だったような、そんな不安定な心細さ。
―――アレのせいだ。
アレが俺に重なるから、俺はこんなに不安になる。
壊してしまえ。
ぎり、と鏡面に爪を立てる。跡が残る訳でもない、それが俺の心に傷を付ける。
目障りだ。…なら、壊してしまえ。
幸いこちらには正義という大義名分がある。
ばらばらに砕いてしまえば、二度と俺には重ならない。
異貌の神の祝福を 6.RL
ミクとKAITOは完全に先読みができています。頭の良さ、先読みの確実さではミクの方がちょっと上。
あとは最終決戦(え?)のみとなります!
レン視点が一つ、リン視点が一つ。ここで話としてはラストになり、最後にMEIKOねーさんとミクちゃんの、いわば+α回があります。
ちなみに、多分どう読んでも「ハッピー」エンドにはならないと思います。
なんかこういう人死にのある話でハッピーエンドになるのって抵抗があるのは私だけなんでしょうか…
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なのこ
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2011/03/16 20:49:38
翔破
コメントのお返し
メッセージありがとうございます!
ミクちゃん好きですか、良かったです!私は悪役の方が好きなので、ミクちゃんがちょっとでも魅力的に見えるようなら本望です^^
…いや、なんかどっちも悪役みたいなものですけどね!
一応これは鏡音の話なので、ミクちゃんの裏話はそんなに明かされません。一応設定はある←
wktkして下さいますか!ご期待に添えるようなENDになればいいのですが…
ではでは後少々、お付き合いして頂ければ幸いです!
2011/01/31 10:28:29