視界が少し悪い。
理由は簡単、目深に被った帽子とそれに押さえ付けられた前髪のせいだ。
でも俺はそれを解消するのではなく、寧ろ改めて深く帽子を引き下げた。
この顔を、見られたくなかったから。
結局、こちら側には俺とルカさんの二人が配置されることで本決まりとなった。
と言っても、ルカさんは飽くまで援護。俺が一人挑発して相手に隙を作ることになる。
成功するか分からないけれど…いや違う、成功させなければならない。これは俺が掴んだ、千載一遇のチャンスなんだ―――俺がこの手でアレを仕留める、絶好のチャンス。ここで逃したりしたら、次に会ったときに俺の手で仕留められるという保証はない。
だから渋るルカさんに話を捩込み、なんとか首を縦に振ってもらった。
繕う気はない、これは全てが完全に俺の自己満足の為だ。
ざり、ざり。足元で道路に散らばった砂利達が悲鳴を上げる。
その脆いような感触を靴の裏で感じながら歩を進めていくと、徐々におかしな感覚が背筋を浸食し始めた。
鋭く尖った憎悪がはけ口に殺到するような、一方で恋しい相手の元に向かうような、相反した感覚。共通するのは望みを叶える高揚感だけれど、黒い喜びがその色彩を塗り潰している。
不思議と負ける気はしなかった。
刺し違えてでも殺す。必ず、生きては帰さない。
ルカさんが影から狙いを付けているとはいえ、あの人に止めを刺させるつもりなんて欠片もなかった。
殺す。
殺す。
この手で殺す。
化け物め。―――消えろ、俺の前から!
泉のように吹き上げてくる思いを抑える事なく、身を任せる。
何も考える必要なんてない。
今この一時だけは全てのしがらみを捨て去って、本能に刻まれた思いに従ってさえいれば、それでいい。
無表情に地面を踏み締めていた足が、不意に鈍る。
気怠い暗闇の先に、誰か、いる。
闇に溶け込む特別警察の服に対して、ぼう、と光るように闇夜に浮かぶその色彩。
生温い月光の降る闇の中、こちらを振り向いた金の輪郭が落胆したように肩を落とす。結った髪に挿しているのは、花飾りだろうか?
殺戮のために着飾ってでもみたつもりなのか…理解できない。したくもない。
俺はソレの刀の間合いのわずかに外で足を止める。少なくとも、こうしておけば予備動作なしで斬り付けられる危険は回避できる。
睨み付ける俺に、最早聞き慣れてしまった場違いに明るい声が投げ掛けられた。
「あれ、一人?…成る程、本隊は私と当たるつもりはないんだね。臆病だなあ、つまらないなあ」
「…お前の判断基準は、必要ない」
押し殺した言葉を口にすると、何故か感心したような言葉が返って来た。訳が分からない。
「へえ、君、いい声してるね」
何を聞いているんだ、こいつ。
俺は自然と眉をひそめる。
―――それに合わせるように、ソレの持つ抜き身の刀が小さく揺れた。
来る。
閃くように考えた瞬間、俺の体は動いていた。右手で抜刀し、左手を添える形で前に掲げる。訓練で散々習った、受け手の模範形だ。
そこに突き出される一閃。急所の並ぶ体の中心線を正確に狙った一撃だったけれど、だからこそ防ぎやすかった。何しろ、急所狙いの防御については散々習って来ている訳だから。
寧ろ俺が注意するべきは、ひとつひとつでは致命傷にならないような攻撃だろう。そういったものでも、積み重なれば容易に動きを鈍らせることになる。
刃と刃が切り結ぶ。
しかしそれは一瞬のことに過ぎず、直ぐさま固い音と共に腕が弾かれる。
反射的に後ろに飛びすさると、喉元を刔るように銀光が走り抜けた。後数ミリ首が前に出ていたら、間違いなく切り裂かれていただろう。
相手はこちらに踏み込んだせいで微妙に体勢を崩している。それは本当に僅かな差異。しかし俺は躊躇う事なく、その隙に向かって蹴りを放った。
僅かな差で爪先がその体を捉え、鈍い打撃音と共に仕立てのいい和服がひらりと翻る。確かに足先から伝わるのは笑えるくらい華奢な少女の体付きで、それが少し意外だった。ならどんな感触なら意外でなかったのかと問われても俺には答えようがなかったのだけれど。
追撃をしようと銃を構えたところで、地面に叩き付けられたソレがこちらを見た。
月の光しかない夜の中、青い瞳が爛々と光る。その輝きに混じり気のない喜悦の色を見て取り、引き金に掛けた指が僅かに鈍った。
…手首に、痛み。そして、体に衝撃。
常人には不可能な早さでソレが俺に飛び掛かり、体当たりをするのと同時に手首を捻った―――それを頭が理解する前に、胸元の温かな柔らかさに向かって肘打ちを叩き込んでいた。温かな柔らかさ。場違いな程に優しいそれに、また吐き気が込み上げて来た。
体の細胞の一つ一つがソレの人間性を全力で否定する。
化け物、化け物、何食わぬ顔で人間の振りをしている悪魔め。ああ、なんておぞましい!
相手の体勢が崩れたところに、袖口に仕込んでおいた小型ナイフを突き刺す。
しかし頸動脈を狙ったはずのそれは僅かに逸れ、目を惹く程に白くすべらかな肩へと突き刺さった。黒い液体が傷口から吹き出す。日の下でなら赤に見えるのかもしれないけれど、この世界では命の雫を表す色もまた、黒だ。
一旦距離を取ろうというのか、ソレは俺の間合いから素早く抜け出す。割と深く肩を刺してやったから、その傷の影響を計ろうというのかもしれない。
俺は内心安堵していた。
なんとか傷を与えられた。
しかもあの位置、上手く行けば片腕を使えない状態に出来るかもしれない。
ただし…くそ。
じわ、と意識に鋭利な痛みが触れる。
左脇腹に焼け付くような感覚。俺もまた、アレに刺されたらしい。まあ、あそこまで懐に入って来たんだから、何らかの傷を負わされるだろうというのは予測の内だった。そしてこの傷は、考え得る範囲の中ではどちらかといえばマシな部類に入る。
与えた傷と与えられた傷を計算する俺の前で、きゅう、と影になった口元が弧を描いた。
「…ふ」
くすくすという忍び声。はだけた肩口の輝く白さが小刻みに揺れる。
笑っていた。
「ふふ…あは、あははははっ!」
楽しくて楽しくて堪らない、そんな笑いが生温い夜風を渡る。
夏だというのに虫の声すらない静寂が、ゆらりと揺れた。
きらり、と青い瞳が月の光を跳ね返す。
俺がその輝きに眉を寄せたのと同時に、着物の袷から伸びた白い素足が大地を蹴った。
「すーっごく楽しいね!ねえ君、名前は?殺す前に聞いておきたいな!」
「お前に教えてやるような名前なんて、ないっ!」
「えー、けちっ。じゃあ私も名前内緒、だもん!」
「聞きたくもない!」
勢いよく振り下ろされた刃を刃で受け止める。ぎりり、と不快な音を立てて襲い来る凶器が動きを止めた。
押し込もうとする力と押し返そうとする力、二つが微妙な均衡を保って止まる。
「えへへ、こんなに気持ちいいのって初めてかもしれないな…」
吐息が頬に触れ、艶かしく耳に滑り込んでくる。微かに乱れた息遣いと、上擦るように掠れた声音。
ぞわり、背筋が粟立つような気がしたのはけして嫌悪感からだけではなかった。
それに自己嫌悪を感じ、腕に自然と力が篭る。
それでも拮抗状態が崩れることはない。―――屈辱的だけれど、手加減されている。
ふざけるな!
「…ねえ、もっと愉しませて…?」
獰猛なくせにたおやかな笑みが、間近にあった。見ていられないほど妖艶で、そのくせ汚れを知らない 天使のように純真な表情に目が奪われそうになる。
硝子細工のように整った、罪に彩られた美しい顔。ひらり、顔の半面を覆っていた髪が風に翻る。
同時に俺が目深に被っていた帽子も風に掠われたのが分かった。視界が急に広く開ける。
―――化け物め…!
ぎり、と歯を食いしばってその目を睨み付ける。ここで空気に圧倒されるなんて、笑い話にもならない。
愉悦に蕩けた瞳が、俺を見返す―――
―――…あれ?
ぱち、と俺は瞬いた。
目の前の青い目が、呼応するように目をぱちぱちさせる。
俺達は互いに、硬直していた。
金髪碧眼と抜けるように白い肌。狂気の色にしか見えなかったそれが不意に意味を変える。
翻った金髪の下、闇にぼんやり浮かぶのは顔を斜めに横切る傷痕。
それを見間違える、訳がない。
(いたいいたいいたいいたいいたいいたい)
(行かないでおねがい、待って!血が!)
(「お前達は鏡映しの存在」)
でもあれ?どうして?
首に当たった感触とその人は、相容れるはずがないっていうのに。
まさか、と思う。そんなはずがない。そんなはず、あってはいけない。
でも同時に分かっていた。
これは間違いなく、彼女なんだと。
俺は呆然と口を開いた。
「…リン?」
気のせい?―――いや、気のせいじゃない。目の前の姿から波が引くように狂気が消える。
残ったのは、
「レン?」
あんなにも会いたかったリンで、
「…本当に?」
ぬめるような風が吹き纏わり付く闇の中で、俺と彼女の声が重なって揺れた。
異貌の神の祝福を 7.L
お約束って大好きです!
今回はバトル回ですね。そしてあのリンちゃんってすごく色っぽいと思うんだ。レンも男なら気になるだろう!?…すいません、そろそろ自重します。
髪上げリンちゃん!髪上げリンちゃん!
あと、ボカロCDから曲移しすぎてウオークマンが一杯になり、パソコンに認識されなくなりました
おわた
一回フォーマットしてからまた全部入れなおしました。泣きそうになった…
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なのこ
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2011/03/16 20:53:09
翔破
コメントのお返し
メッセージありがとうございます!
よかった…仲間がいるって凄い心が励まされました…!末期仲間(何と言う響き)
お約束好きで良かったです。
やっぱり生き別れの双子ですからこうだな!と思いまして!
続きもゆっくりお待ちください^・ω・^
2011/02/01 17:48:02