「うわ……俺だったら撃てねえ」
 ああ、クオは射撃、やってるもんね。クオが進学を決めた大学は射撃部があるので、大学に入ったら部活はそれにするって言っている。もっとも、まだ動かない的しか撃ったことがないから、あの状況じゃ撃てないだろう。
 トラヴィスが銃を撃つと、二匹は倒れた。まさか……と思ったけど、しばらくしてイェラーの方が起き上がった。ほっと胸を撫で下ろすわたし。隣でクオも、安心したみたいに息を吐いている。
 トラヴィスはイェラーが無事で喜んでいるけど、お母さんは厳しい表情をしている。え? さっきの狼も狂犬病なの? しかもイェラーが噛まれちゃった!? そんなのってないわ。イェラーは身体を張ってみんなを助けたのに。狂犬病になったら死ぬしかないじゃないの。
 感染したかどうかを確かめるために、イェラーはしばらく閉じ込められることになった。毎日ご飯を運んであげるトラヴィス。でも結局、イェラーは狂犬病になってしまい、みんなに襲い掛かるようになってしまった。どうしようもないのね……悪さもしてたけど、あんなにいい子だったのに。トラヴィスは泣きながら、イェラーめがけて引き金を引いた。
 突然、鼻をすする音が聞こえてきて、わたしはびっくりした。見ると、クオが泣きじゃくっている。わたしも涙ぐみながら映画を見ていたんだけど、びっくりしすぎて涙も止まってしまった。
 クオはわたしの視線に気づいていないみたいで、相変わらずぼろぼろ泣きながら映画を見ている。……何だか、見てはいけないものを見てしまったかもしれない。わたしはそっと顔をテレビの画面の方に向けた。見てないふり、見てないふり。
 画面ではトラヴィスのお父さんが、お土産をたくさん持って帰ってきた。トラヴィスとリズベスは、イェラーのお墓を作っている。子犬を可愛がってあげてというリズベスに、トラヴィスは冷たい。うう、二人とも気持ちわかるから、見てるわたしまで辛い気持ちになってしまう。
 お父さんがトラヴィスを慰めて、トラヴィスの気持ちは落ち着いた。いいお父さんね。一方、子犬はイェラーと同じ悪さをしていた。トラヴィスはやっと子犬と向き合えるようになって、リズベスも喜ぶ。悲しいこともあったけど、あったかいラストだわ。エンディングテーマが流れる中、子犬が駆け回っている。
「なかなかいい映画だったわね」
 映画に満足したわたしは、そう言ってクオを見た。あ……まずい。まだ泣いてたのね。クオ、びっくりした顔でこっちを見ている。……どうしよう。わたしたちの間に、気まずい空気が満ちる。
 クオは一言も言わずに立ち上がると、涙もぬぐわずに居間を出て行ってしまった。わたしは呆然として、クオを見送ることしかできなかった。


 その後、わたしは居間でぼんやりしていた。この家でクオが一緒に暮らすようになってから、泣いているところを見てしまったのは初めてだ。なんというか……落ち着かない。
 別に、泣いたのはいいと思うのよ。あのシーン、わたしだって涙ぐんでしまったもの。ただクオは、わたしが映画を見ながら泣いてしまったりすると、大体いつもわたしに向かって「その程度で泣くな」とか、しょうもないことを言ってきた。だから、そんなわたしに涙を見られたのが、クオはきっと恥ずかしかったんだろう。
 さてと、どうしようか。わたしは困ってしまった。クオはきっと、さっきのことについては触れられたくないだろう。でも、変に黙っているのも妙な感じがするし……。
 困り果てて、わたしはソファの上でごろごろと転がった。ごろごろごろ……あ、なんだか楽しい。って、ダメでしょ、これじゃ。真面目に考えなくちゃ。
 でも、考えても結論、出そうにないのよね。いやそれはよくないわ。そんなことを繰り返していると。
「ミク、ただいま」
 あ、お父さんだ。仕事は終わったらしい。わたしは「お帰り、お父さん」と言って、首を捻ってお父さんの方を見た。
「テレビを見ていたのか?」
 嫌だ、消すのを忘れていたんだわ。リモコンを手に取ると、テレビのスイッチを切る。消える直前の画面では、ディズニーのキャラクターがはしゃいでいた。別に、わたしがアニメを見ていたからって、怒るようなお父さんじゃないけどね。リンちゃんのお父さんって、本当に信じられない。何が楽しくて生きているのか、謎だわ。
「あ、うん、あのね……」
 わたしは、さっきあったことを話した。お父さんは真面目な表情でわたしの話を最後まで聞くと、「それは難しい問題だな」と言ってくれた。
「クオは恥ずかしかったんだと思うの。わたしに、映画を見て泣いたところを見られてしまったことが」
 恥ずかしがることなんてないと思うんだけど。
「ふーむ、クオがねえ。で、ミクはどうしたいのかな」
「どうしたいっていうか……クオとぎくしゃくしたくないの。クオはクオだもの。でも、あんな泣き顔見ちゃった後で、何を言ったらいいのかわからなくて……」
 お父さんは、わたしの頭にぽんと手を乗せた。
「それなら簡単だ。何も言わなければいい」
「不自然じゃない?」
「何か言えばクオは余計気にするだろうし、かといって、腫れ物に触るような態度も引っかかりを憶えるだろうしね。一番いいのは、ミクが普段どおりにしていることだ。普段どおりというのはね、ミク。いつだって人を安心させてくれるものなんだよ」
 普段どおり……今の、お父さんの喋り方もそうだ。問いつめるとか、ことさらに噛んで含めるとかじゃなくて、普段どおりの話し方。
 そうか、そういうことなのね。
「わかった。お父さん、ありがとう」


 それ以降、わたしは頑張って、普段どおりの態度をキープし続けたところ、クオは次の日にはもとに戻っていた。お父さんの言ったとおりってこと。
 とにかく、これからクオと見る映画にはもうちょっと気をつけようっと。泣いていたクオを見て、ちょっと可愛いって思ったことは、内緒ね。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その三十一【愛すべきわめき屋へ】後編

 ちょっと解説。
 作中で二人が見ている映画『黄色い老犬』(1957年)について補足しておきます。

 フレッド・ジプソンという人の同名の小説の映画化です。原作者が製作にも携わったおかげか、ほぼ原作どおりのストーリーラインの映画化です。犬が原作と比べると綺麗すぎ(原作だと古傷だらけ)ですが、これは、動物タレントを使うのですから、仕方ないでしょう。
 二人が首を傾げている豚のシーンですが、これ、原作だと説明がちゃんと作中にあるんですが、映画でいきなりここ見ちゃうと多分何やってるのかわからないと思うんですよね。この時代、豚は外で放し飼いにされていました。森のようなところで放し飼いなので、各農家は、豚の耳にそれぞれ、特定の形の刻み目を入れて、どこの家の豚が区別していたんです。子豚が生まれると、まだ母豚と一緒にいてどこの豚なのかわかる前に、しるしをつけなくてはいけません。豚が大きくなって群れを離れても、どこの豚かわかるようにするためです。当時の豚は半分野生なので、これは大変危険な作業でした。イェラーはよく生還できたなと思います。

 Youtubeを見ていたら、ファンが作った名場面集みたいなのがありました。http://www.youtube.com/watch?v=p7SnGX_x8is
 これ、バックに流れる曲は、今人気のアイドル、マイリー・サイラスが歌ってる曲なんですね。こういう、古いものと新しいものの組み合わせって面白いです。

閲覧数:703

投稿日:2012/07/07 18:49:33

文字数:2,446文字

カテゴリ:小説

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  • 水乃

    水乃

    ご意見・ご感想

    こんにちは、水乃です。

    クオは意外と涙もろいんですね。ミクの言うとおり可愛いかも…(笑)
    もうちょっとつんつん系(?)かと思ってました。
    ミクとクオの関係に進展はあるのでしょうか…?
    と色々妄想しています。
    ディズニー作品で「銃で撃ち殺す」っていうのはアリなんでしょうか?
    子供向けにしては結構…なんと言いますか……

    2012/07/09 13:56:09

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。

       クオは、犬関連(特に大型のワーキングドッグ)が可哀想なことになると、涙腺が崩壊してしまうんです。本人も自覚はあったのですが、今回ディズニーの作品だったために「ほのぼのお子様向けムービー」だと思い込み、こういうことになりました。
       二人の関係については、また別の話ですね。ただクオはもっと頑張らないと駄目かなあ……ミクは引く手あまたでしょうから。

       この映画は古い作品なので、現在だとこういうラストは批判をくらってしまうかもしれませんね。「飼い主が撃ち殺す」ラストといえば、『子鹿物語』が有名ですが、私は子供の頃、あれで欝入ってしまいましたし(年齢一桁で読む本ではなかった)
       もっとも、この『黄色い老犬』は、子犬が登場するせいか、読後感はそんなに悪くありません。日本では絶版でDVDも出ていない作品ですが、向こうではまだ普通に売られていて、DVDも出ているので、結構メジャーな作品なのかも。思い立って向こうのAmazonを見てきたのですが、全体的に褒められていました。

      2012/07/09 23:14:05

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