その日の昼、ミクからメールの着信があった。見ると、「今日のお昼、一緒に食べない?」と書かれている。ミクからお昼のお誘いか……。
 ミクは大体いつも、昼飯は巡音さんと一緒に自分の教室で食べている。故に、俺に声がかかったということは、向こうに何か用事が入ったんだろう。……俺っていざという時のためのキープ君か? まあいいや。ミクに「いいぜ。中庭で待ってる」と返信すると、弁当箱と水筒を抱えて、俺は中庭に向かった。ベンチの一つにかけて、待つことしばし。ミクが、自分の分の弁当を持って姿を現した。
「クオ~」
 ぶんぶんと手を振って、ミクはこっちに駆け寄ってきた。そのまま、俺の隣にすとんと腰を下ろす。
「今日は振られたのか?」
 そう訊くと、ミクは首を傾げた。
「振られたって?」
「巡音さん。お前、いつも昼は一緒だろ」
「クオ、振られたって言い方はないでしょ。リンちゃんはね、今日は学校休んでるの。具合が悪いんだって」
 さすがにミクは心配そうだ。ま、友達が病気とくれば、誰だってそうか。
 俺は頷きながら、自分の弁当箱の蓋を開けた。今日も美味そうだ。一口カツを箸でつまんで口に入れる。
「具合が悪いって、風邪か何か?」
「貧血だって」
「それ、病気か?」
 軽い気持ちで訊いたら、ミクにこつんと額を叩かれた。
「あのねえ、あれ、辛いんだからね」
「経験したことあるような口ぶりだな」
「わたしだって、貧血になったことぐらいあるわよ」
 ミクはそんなことを言った。お前が貧血ねえ。
「血の気多いのに?」
 むしろ血の気が多すぎてぶっ倒れましたと言われた方が、まだ納得できるような。
「もう、クオってば! 女の子はね、色々と大変なの」
 お前に言われても説得力がないんだが……あんまりミクを怒らせると、また俺の首を絞めかねないな。もうよそう。


 今日は部活の活動日だ。もっとも、演劇部の大きなイベントである学祭は終わったので、ここのところは基礎の体力作りや発声練習とかをやってるだけである。……退屈だ。やっぱり、舞台の練習の方が楽しい。
 されはさておき、今日は一つ妙なことがあった。部活の最中、レンがぼーっとしていたのだ。いつも真面目にやってる奴なのに。
「……レン、お前、今日なんか変だぞ」
 気になったので、俺は部活が終わった後、レンにそう訊いてみた。こいつも具合が悪いとか言い出さないだろうな。
「なあ、クオ。あのさ……」
「なんだよ」
「……やっぱいいや」
 おい。言いかけて途中で止めるなよ。
「言いかけたことは最後まで言えよ」
「大したことじゃないからいい」
「気になるだろ」
 レンはちょっと考え込む表情になって、それからこんなことを訊いてきた。
「クオ、お前、なんで恋愛映画嫌いなんだっけ?」
 ……はあ? なんでいきなりそんな、どうでもいいことを訊いてくるんだ。俺は時々、本当にこいつがわからなくなる。
 まあいいか。
「だって退屈じゃないか」
「そんだけ?」
「なんかずーっとうだうだやってるだけだろ、あれ。俺には理解できない世界なんだよ」
 とっとと好きですつって、カップルになればいいだろ。……それじゃ映画が三十分で終わるか。要するにそれだけの話ってことだ。
「初音さんは好きそうなのに」
 レンはそんなことを言ってきた。あ~、ミクはな。もっともあいつが好きなのはラブコメの類で、ドロドロの不倫恋愛とかはお断りなんだが。
「ミクはな~、基本的に、可愛らしいもんが好きなんだよ。動物が出てくる映画とかも好きだぜ、あいつ。そっちならまだ見てられるんだけど、恋愛映画は、俺はパス」
 飼ってる犬もポメラニアンで、名前はニッキ。ミクは「ニキちゃん」と呼んでいる。ミク曰く「ぬいぐるみみたいで、可愛いでしょ」とのこと。でかい方が抱きつきがいがあっていいと思うんだがなあ。その点俺のジョン(ハスキーミックス、雄、四歳)は……。
 ……って、レン、お前、俺の話聞いてないじゃないか。人に話振っといてそれはないだろ。いや、聞いてないというより、心ここにあらずって感じか。どうしたんだこいつ。
「レン、どうしたんだ。またぼーっとして」
「ちょっと考え事」
 それがレンの返事だった。何か悩みでもあるんだろうか。
「悩みがあるんだったら聞くぜ」
「悩みってほどじゃない。ところでクオ、お前、ガラスって言われて何連想する?」
 はあ? お前、本当にわからない奴だな。
「なんだよ、今度は連想クイズか? ガラス……ガラスねえ。窓だろ、コップだろ、電球だろ……ぱっと思いつくのはこんなところか」
「うーん……」
 レンは腕を組んで考え込んでしまった。俺の答えはお気に召さなかったらしい。何なんだよ、本当に。
「ガラスの靴」
 ふっと、俺はそんなことを思い出した。ミクが以前、そんな話をしていた。レンが怪訝そうな顔になる。
「……へ?」
「『シンデレラ』だよ。ミクなら絶対そう言うね」
 いつだったかな。確か、まだ俺たちは小学生だった。ミクが「ガラスの靴がほしい!」って大騒ぎしていたことがあったっけ。多分、絵本かアニメで見たんだろう。懐かしいな。
「うーん、そうじゃないんだよな……」
 結局レンの奴は、何を悩んでいるのかは教えてくれなかった。


 部活を終えて帰宅すると、ミクは居間でテレビを見ていた。……音楽番組か。
「あ、クオ、お帰り」
「おう、ただいま」
「ねえクオ、今ね……」
 ミクは最近お気に入りのアイドルについて、あれこれ話し始めた。ちなみにミクの趣味は結構移り気で、お気に入りはよく変わる。
「ミク、ちょっといいか?」
「何?」
「お前、ガラスって言われて何を連想する?」
 ミクはちょっと首を傾げて考え込み、それからおもむろにこう言った。
「ガラスの靴!」
 ……やっぱり。
「それって『シンデレラ』だよな」
「決まってるじゃない」
 些細な予想だけど、当たると何となく嬉しいもんだ。
「もしかしてプレゼントの話?」
 期待するような表情で、ミクがそう訊いてくる。プレゼント? 誰が、何をだよ。
「……なんでそうなるんだよ」
 そう言うと、ミクはむっとした表情になった。
「クオのバカ!」
 クッションが飛んできた。おい! と言うまでもなく、ミクは部屋を飛び出して行ってしまった。……あいつの考えていることもよくわからん。レンといいミクといい、一体何なんだ。

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  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 第十二話【クオの当惑】

ドロドロの不倫恋愛映画が好みという女子高校生、いたら怖いと思う。

それにしてもこの話のクオは、えらく不憫なような。

閲覧数:1,055

投稿日:2011/08/29 23:19:35

文字数:2,640文字

カテゴリ:小説

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