かちかちかち。
そんな音を立てながら、懐中時計は青年の手の中で動いている。
青年はその懐中時計を差し出して、人差し指でかちゃりと開けた。
そこには、ひび割れた文字盤があった。

「少々、お時間宜しいでしょうか」

「…あなたはいったい…」

なぜか、目の前にいる《人》が人ではない気がした。
スーツの青年の目が、きらきらと黄金に輝く。

「実は私の最愛の人が、とある世界に閉じこめられてしまったのです。
 どうかお助けください」

「…助けるって、どうやって……」

「ご安心ください。
 ――Dear Alice.
 貴方も眠ればいいのです」

♪~♪♪~♪~♪♪♪~~♪~♪♪~♪~

懐中時計が音楽を奏で始める。
それはオルゴールの音色だった。
とても悲しげな音楽が、静かな図書館にそっと響く。
帯人はその音色に聞き入っていた。

そのとき、

「帯人!」

雪子の声が図書室の静寂を切った。
帯人は振り返ろうと、体をひねる。足を動かす。

しかし、体は動かなかった。
むしろ勝手に落ちていく。
一瞬感じた浮遊感は、すぐに床にぶつかった衝撃に変わった。

気づいたときには、図書館の冷たい床に伏していた。
視界の端で、雪子が泣きながら名を呼んでいた。
―ああ、眠い。
 眠くて、死んでしまいそう、だ…。
そっと、帯人は意識を闇に手放した。

「あなた…誰なんですか! 何したんですか!」

雪子はすぐに目の前にいる男に怒鳴った。
思い切りにらみつけて。
すると、彼は「にゃあ」または「やあ」と会釈した。

「ご友人かな」

「…答えて。あなたは何者なの? これはあなたの仕業なの?」

もしかしたら、この人がメイコ姉さんやカイトさんを襲った
犯人なのかもしれない。
雪子は身構えた。

「しわざ? 不適切な表現ですよ。
 私はただとある少女を助けてもらいたくて、
 彼をとある世界に案内したまでです」

「助ける、ってどういうこと」

「あなたが彼を助けたいと願うように、私にも助けたい人がいるのですよ。
 しかし私一人では助けられない。…いや、私じゃあ無理なんです。
 だから、私は君たちのような《書き手》を捜していたのです」

スーツの青年は、深くかぶった帽子を取った。
雪子は目を見開いた。
そこには、灰色のきれいな毛並みをした耳が垂れていたからだ。
それだけじゃない。彼の背後で右に左に揺れる尻尾。
まるで灰色の猫だった。

猫の青年は、再び懐中時計を差し出す。
かちゃりと開く時計。
ひび割れた文字盤と歪んだ指針が、かちかちと時を刻む。

「Dear Alice.
 ―貴女ならできるはず」

♪~♪♪~♪♪♪~~♪~♪~♪♪~♪~♪♪♪~~♪~

私はあらがうこともできなかった。
耳に入ってくるオルゴールの音色が、スッと私の意識を奪う。
まるで魂を抜かれていくみたいだった。

最後の最後に、薄れていく視界の隅に見えたのは
その男の悲しげな、黄金色の瞳だった。

「にゃあ、諸君。
 貴女は《書き手》
 彼も《書き手》
 私は《演じ手》
 これにて再び準備は整った。
 さて始めようか。
 ―全てはそう、最愛なる君のために」

猫の青年の姿は、まるで霧のように消え失せた。
今までの出来事が全て幻であったように。
残されたのは二人の体。
重なるように倒れて、安らかな表情にて眠り続ける。

物語はまだ、始まったばかり。





「ちくしょう」

そう吐き捨てて、メイトは電話を切った。
その様子を見てため息をつくアカイト。

「教授。どうかしたんですか?」

「どうしたもこうしたも、もう最悪だ!
 今度は帯人と雪子が意識不明になりやがった」

「あー、そりゃ困りましたね」

「…アカイト。おまえ、なんでそんなに余裕かましてるんだ?」

「そう見えますか? 俺は焦ってるつもりですけど」

飄々とした態度で、アカイトはパソコンでなにか作業をしている。
どうせ、また「音」の研究でもしているんだろう。

「なあ、アカイト。「音」を研究しているんだったよな、おまえ」

「はい。そうですが」

「今回のこの事件に、「音」ってのは関係するのか?」

その問いかけに、アカイトは大声で笑い始めた。
最初はきょとんとしていたメイトであったが、やっと状況を飲み込んで
アカイトを怒鳴りつけた。

「バカ! 笑うんじゃねーッ!!」

「あはははは! だって教授が! 助手の俺に聞くなんてッ!! ははは!
 やばいッ!!! 腹痛ぇええ!! あはははッ! おかしいッ!」

「うるせぇってんだろーがッ!!」

やっと笑いの収まったアカイトは、ピクピクしながら
メイトの質問に答え始めた。

「教授。「音」っていうものには、確かに意識を吹っ飛ばすようなものも
 ありますけれど、「音」だけでそれだけの効果が出るようなもんは今の
 ところないんですよ。
 スタングレネードとかも、「音」を利用してますけど、あれは「光」も
 同時に利用してますし。
 とにかく「音」だけで意識を吹っ飛ばすようなものはありませんよ。
 あったとしたら、そりゃあ「魔法」ですよ。ま・ほ・う」

魔法。つまりあり得ないということだ。
メイトはため息をつきながら、机に顔を埋めた。

姉貴まで意識不明になったっていうのに、
どうして俺はなんにもできねーんだ……ちくしょう。
こんなの、医者失格だ。

「メイト教授ー。教授が落ち込んだってどうにもならないじゃないですか。
 ほら。とにかく今は、患者さんのことだけを考えましょう」

「おうよー」

力無い返答に苦笑しながら、アカイトは席を立った。

「コーヒー、入れてきます。教授もコーヒーでいいですか?」

「ブランデー入りでよろしくー」

「全面拒否です」

そういって、アカイトは部屋を出た。
部屋の外は意外とひんやりしていて心地よかった。
鬱陶しい前髪をかき分けながら、アカイトは窓から見える空を見上げる。

「証拠もないのに決めつけるのは、大きな間違いですよ。
 ――きょ・う・じゅ♪」

アカイトはニタリと笑みを浮かべた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第02話「灰色の猫」

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター
帯人
 雪子のボーカロイド
灰色の猫
 音楽を奏でる懐中時計をもっているスーツ姿の猫男
 とある少女を助けたいと思っている

メイト
 咲音メイコの弟
 大学病院の義肢専門医で酒豪
 コーヒーにブランデーを混ぜて飲むのが好き
 ちなみにクリプト学園の卒業生
アカイト
 大学病院のメイト教授の助手をしている
 若干マッドサイエンティストくさい一面をもっている
 「音」についての研究をしている
 しかし、その研究内容を見た者は誰もいない

【コメント】
灰色の猫くん。
通称「灰猫(ハイネコ)」くんはこんな感じの子。

http://piapro.jp/content/phn74tez6y0kpu6d

閲覧数:1,254

投稿日:2009/01/23 13:00:15

文字数:2,529文字

カテゴリ:小説

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  • まにょ

    まにょ

    ご意見・ご感想

    ...アカイトと灰猫は同一人物なんでしょーか??
    うーーー・・続きがきになる!と思ったら、第三話が!今から読んできます~ww

    2009/01/23 17:40:35

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