誇りと覚悟

 メイコ率いる民衆は足止めを食らっていた。数人の兵士が槍を交差させて道を塞ぎ、通れないようにしていたのだ。その指揮官らしい人物は老兵ではあるが、その風格から地位のある人間なのが分かる。
「そこをどいて下さい!」
「ならん! 暴動を止めろと命令が出ている。通す訳にはいかんのだ!」
 要求に対する返答にメイコは違和感を覚えた。武器を持っているのはメイコ一人だけで、その剣を抜いてすらいない。他は何の武装もしていない民間人だ。まだ何もしていないのに何故暴動と言われている。
「誤解です。私たちは抗議をしたいだけで、武力行使をする気は一切ありません」
「何を言う、暴動が発生したと既に聞いている。お主達の事ではないのか」
 売り言葉に買い言葉でメイコはますます混乱した。集団で城に向かっただけで暴動扱いをされて、抗議すら許されないのか。後ろにいる人々も少し苛立ってきている。どうすればいい、ここで強硬突破をすれば本当に暴動になってしまう。
「二人共ちょっと待って!」
 膠着状態の中人をかき分けながら前に出てきたのはネル。メイコの隣に並んで兵士から見えるように立つ。
「レオンさん、話を聞いて」
「お主はネル殿。どうしたのだ」
 顔見知りらしい会話に、メイコは知り合いかと聞いて、ネルは肯定する。
「親衛隊長のレオンさん。城の古株だよ」
 幼い頃リンと遊んでいた時、城から迎えに来ていたと言う。
「いつもはルカさんって人が迎えに来てたけど、この人が来る事もあったんだ」
 王都の見回りついでに子どもの相手をする事もあり、レオンに憧れて兵士になりたいと夢を見る人も多い。
抗議をするのに集まっただけで、メイコが言った事は本当だとネルは説明する。人々を見渡してレオンと兵士もそれに納得したが、疑問は残る。
「私達以外に、誰かが行動を起こした?」
 メイコの言葉に答えられる者はいなかった。

 そろそろかな。
 壁に掛けられた時計を見て、玉座に座るリンはそう思った。ルカが去ってから一時間程経つ。暴動に紛れてクーデターを起こしたであろう大臣達が来るまで、あまり時間はないだろう。
 溜め息を一つついて目を閉じる。これからの運命は決して良い物では無いのに、何故か心は落ち着いている。
 国を背負うと偉そうな事を言っておいて、何もできなかった。自国だけで無く緑の国も巻き込み、何も守れなかった。
 思えば、数年前から不穏な動きはあった。父もそれを調べていたが尻尾を掴めず、そのまま帰らぬ人となった。それをきっかけに大臣達は一気に台頭し国を私物化した。戦争直後から上層部はまともに機能していない。何もせず搾取した金で醜く肥えただけ。
 そうなってしまったのは、止められなかった自分の責任だ。国に何か起こった時一番に罪を問われるのは王家、罰を受けるのは王族。そんな覚悟も無く育てられていない。
 父上、母上、申し訳ありません。私のせいで黄の国は終わります。裁きを受けた後、同じ場所に逝けるでしょうか。もし逝けたら、顔も覚えていない弟に会わせて下さい。そして……。
 背中側の通路から聞こえてきた足音に目を開く。正面ではなく後ろから侵入とは、戦術としては正しいが面白くない。こんな時は真正面から来たらどうなのか。
 どんな形であれ、来たのであれば黄の国最後の王族として相手をするだけ。この命が終わるまでそれに恥じない生き方を、誇りまで奪わせはしない。
「王女!」
 リンの予想を裏切り玉座の間に入って来たのはレン。そのまま正面の入口に走り、扉を閉めて施錠してから戻って来る。
「何をしているの、早く」
 逃げてと言おうとして立ち上がり、レンの顔を見て言葉を止めた。いつもは跳ねている前髪が整えられて下ろされている。後ろ髪は結んだままだが、まるで鏡を見ているかのようにそっくりだ。手にはきちんと畳まれた服を持っている。
「お逃げ下さい、王女」
 レンの短い説得に、リンは首を振って断る。
「それは出来ない。この混乱は私の、黄の国王家の命を捧げないと終わらない」
 そうしなければ黄と緑の国民は納得しない、レンならそれくらい分かるはずだ。しかしこんな時だと言うのに、レンは優しい笑顔を浮かべて、敬語を使わずに言った。
「それが必要なら君じゃなくて良い。ここにもう一人いる」
 意味が分からない。リンの心を読んだように、レンは笑顔のまま告げた。
「僕はリンの弟。この国の、王子だ」
「え……?」
 突然の告白に困惑するリンに、有無を言わさず持っていた服を押しつけた。
「僕の服を貸してあげる。前に話した事があるよね? 国外れの港町、そこに逃げれば大丈夫だ」
 そう言って背中を向ける。リンは言い返そうとしたが無駄だと悟り、レンと背中合わせになって着替え始める。その間、レンはぼんやりと考えていた。
 親不孝な事しちゃうな、グミさんにも絶対怒られる。伝えてくれって頼んだけど、それで許してくれるかな。ちゃんと帰って来いって言われるだろうな。
「レン、終わったよ」
 振り向くとレンと全く同じ姿の、俯いたリンがいた。
「似合うよ。鏡があるみたいだ、僕が目の前にいる」
 茶化してからリンが着ていたドレスに着替える。上質な素材だが装飾は少ない。問題無く着替えを済ませて、今まで着ていた服を小さく畳んで玉座に置く。
「少し変だ、外しておいた方が良い」
 リンのヘアピンを丁寧に外し制服のポケットに入れる。それからレンは無造作に後ろ髪をほどくと、二人の姿は完全に入れ替わっていた。
 召使姿の王女と、王女の姿をした召使。
「大丈夫、僕らは双子だよ。きっと分からないさ」
「……何で」
 ごく当たり前の調子で話すレンに、リンは顔を下にしたまま叫んだ。
「何でレンがそうする必要があるの! おかしいよ! 本当は私が報いを受けるべきなのに!」
 召使として支えてくれたレンが実は生きていた弟で、王女の代わりに罰を受けるなんて納得できない。こんな時の為にいて欲しいと思っていた訳じゃない。姉弟としてただ一緒にいたかった。もっと早く知っていれば姉弟として話をしたかった。なのに、それを教えてくれてすぐ別れるなんて。
「この国には君が必要なんだよ」
 その言葉にリンは顔を上げる。いつもと変わらない、穏やかな顔が見えた。
「この国に必要なのは、過去に死んだ王子の亡霊じゃない。現在を生きる王女だ」
「いまを生きる……」
 確かに黄の国王子は病で亡くなりもういない。レンとして生きていても、それは変わらない。でも、亡霊なんて呼び方をしなくても良いのに。
「そんな顔をしないでよ、僕は自分がそうしたくてやっているんだから。……弟のわがまま、聞いてくれないかな?」
 この言い方は卑怯かなと思いながら、レンは泣き出しそうなリンをしっかりと見つめる。
「……わがままなら、私も一つあるよ」
 そう言って、リンはレンの体に飛ぶように抱きついた。驚いた声が聞こえたのを無視して、レンの背中に回した腕に力を込める。
 一度だけで良い、弟からこう呼んで欲しかった。
「お姉ちゃんって呼んで」
「本当にわがままだね、こんな時に」
 一国の王女としては驚くほど小さな願い。レンもリンの背中に手を回して優しく抱きしめる。
「大好きだよ、お姉ちゃん」
「私だってそうだよ、レン」
 姉弟としての会話をして二人は離れる。レンは玉座に置いていた服をリンに持たせて、馬小屋に行けと玉座後ろの通路を指さした。
「ルカさんがいるから後は任せるんだ。もしかしたら一回野宿する事になるけど、我慢してね」
「レン、また会えるよね? さよならじゃないよね?」
 あり得ないと分かっていても、リンは聞かずにはいられなかった。もし否定されれば、何が何でも最後まで一緒にいたい。
 その心配は、レンがきっぱりと言った言葉にかき消された。
「きっと、いや、必ずまた会える。時間はかかってしまうだろうけどね」
 今なら、あの時ミクが確信を込めていた理由が分かる。根拠は無いのにそうなると言い切る事が出来る。
 だからとリンを真っ直ぐ見て、レンは姉弟へ最後の言葉を言う。
「今は逃げるんだ! リン!」
 強く頷いてリンは通路へ走り出す、一度も振り返らなかった。玉座の間から姿が見えなくなったと同時に、正面入口の扉から激しい音が響く。
「正面突破か、その辺りは律義なんだ」
 呟いて玉座に座る、何度目かの音の後扉は破られた。入って来たのは三人の男。一人は見るからに高級そうな服を着て、腕や指に装飾品を付けている五十代程の人間。服も装飾品も立派な物なのは分かるが、これ見よがしに身に付けているので全て台無しになっている。残りの二人はその取り巻きらしく傍をついて歩いている。黄の国の正規兵では無い、おそらくは私兵だ。
 
 筋書通りにはさせない。最後の最後まで、それに逆らってやる。
 心の中で言って、レンは黄の国王女として大臣と対面した。

「ご機嫌麗しゅう、リン王女様」
 わざとらしい笑みを張り付けて、大臣は白々しく挨拶を述べた。自分の勝ちが動かないと自惚れている。
「久しいわね、大臣。取り巻きが少ないようだけど、他の者はどうしたのかしら?」
 リンの声を真似てレンは聞く。少しでも時間を稼いで、リンが無事に逃げられる確率を上げる為だ。後は少しの興味、ここに来るまで何故か奸臣達の姿が見えなかった。
「暴動の知らせを受けてすぐに逃げ出しましたよ。全く嘆かわしい、わが身可愛さに王女を見捨てるとは、家臣の隅にも置けませんね。まあ、貴女もそれだけの器だっただけの事、当然と言えば当然です」
 この手の人間は非常に乗せやすい、自身を棚に上げてよくも言ったものだ。ここまで来ると逆に感心する。
 リンへの侮辱に怒りを感じつつ、あくまで冷静にレンは尋ねる。
「この暴動、いえ、緑の国への侵攻も全て仕組まれていた。国民が私に不満を持つように仕向けた。違うかしら」
「ほう! さすがは聡明と名高いリン王女様、そこまで見抜いていましたか。ですが二国会議に行ったのは失敗でしたな、おかげで何の問題も無く侵攻ができました」
 小さく拍手をして大臣は悪びれも無く認める。
「貴女の召使、確かレンとか言いましたかな? それに緑の国王女を殺されるとは計算外でした。生かしておく気はありませんでしたが、余計な手間が省けました」
 レンは僅かに眉を釣り上げる。それに気付く事も無く大臣は得意げに語る。
「召使は、千年樹の森で緑の国王女を遺体で発見した、と指揮官に報告したそうですが、侵攻した兵士によれば、森には誰も行っていなかったとか。まあ、そのおかげであの戦争に説得力を強める事と、私が手を汚さなくても済んだと言う事になりました。思わぬ幸運です」
 良く喋る奴だと呆れ、同時にこいつはこの上なく愚かだとレンは確信した。悪党が余計な事をベラベラ喋るのは本当らしい。レンがそんな事を思っているとは知らず、大臣は両手を広げて話し出した。声もそうだが、装飾品のじゃらじゃらとした音も耳障りだ。
「青の国を追われた時から、黄の国は憎いと思っていたのです。私は家臣として良い生活をしていたと言うのに、逃げる事を余儀なくされ屈辱を味わいました」
「それは逆恨みと言うものよ。昔は青の国で、今はこの国で同じ事をしている訳ね。復讐のつもりかしら」
 悪政を行い国民に苦痛を与え続けた挙句、国を捨てて逃げた青の国の元家臣。全く懲りずに、黄の国でも繰り返している。そんな人間に同情の余地は無い、自業自得だ。
「復讐? いいえ、もう無くなった国に用はありません。あの時と同じ生活をしたいだけですよ。その為にリン王女様には犠牲になってもらう」
「そんな理由で……!」
 レンは歯を食いしばる。復讐と言えばまだ納得できた、だがそれですらない。こいつが甘い汁を吸う為だけに青、黄、緑は巻き込まれたのか。こんな奴のせいでリンは辛い思いをしていたのか。
 拳を固めて怒りを無理矢理抑え込む、手の平が切れそうだ。ここで感情を爆発させれば思うつぼになる、耐えなければならない。
 その怒りが吹き飛ぶ程の言葉が大臣から発せられた。
「まあ私にとっては一番の幸運ですが、リン王女様にとっての不運は、息子のカイトが緑の国王女に思いを寄せていた事です。貴女はカイトを随分慕っていたようですね。思い人を奪われ嫉妬に狂い、恋敵の国を滅ぼした悪逆非道の王女、悪ノ娘。愚かな民衆はそれを信じるでしょう。まさかこんなに早く民衆が行動を起こしてくれるとは、感謝をしなくてはいけませんね」
「なっ……彼が、息子?」
 名前で呼ばないよう気を付けながらも、レンは驚きを隠せなかった。カイトがこの大臣と親子だなんてとても信じられないが、この期に及んで嘘を言っているとも思えない。
「おしゃべりはここまでにするか。以前から随分と私の邪魔をしてくれたが、それも終わる。お前の負けだ」
 口調を一変させ嫌な笑いを浮かべて、大臣は私兵に命令する。
「牢に連れて行け。処刑は二時間後の午後三時にしてやる。一番好きな時間に死ねるんだ、感謝して欲しいものだな」
 時間切れか、だけどリンが無事に逃げるには充分だ。
 レンは玉座から立ち上がる。私兵が両脇から捕えようとするが、右腕を大きく横に振り、王女として高らかに言う。
「この無礼者! お前達のような下劣な者が、私に触れられると思うな!」
 紛れもない王族の気迫に押され、私兵は一歩後退する。私兵よりもレンから離れているのに、大臣は明らかに腰が引けている。
「最後まで王族の誇りを失わずか、ご立派な事だ。お前達、失礼が無いようにしろ。何しろ王女様だからな」
 誤魔化す為に大臣は強い口調で取り繕う。左右を私兵に挟まれながらも、レンは背筋を伸ばして堂々と歩く。

 お前の負け、ね。それはどうかな。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

むかしむかしの物語 王女と召使 第8話

 ちょこちょこ張っていた伏線を少しづつ回収中。曲の終わりへと一直線。
「お姉ちゃん」のくだりは絶対に入れようと決めていたネタの一つです。

 追記 執筆活動診断書というものをやってみたところ
 matatab1の小説は、文章力:「△」、話の構成:「◎」、言語的センス:「○」、オリジナリティ:「×」、筆の速さ:「○」です
 こんな結果に

ちなみに本名でやってみたら 
 文章力:「無」、話の構成:「×」、言語的センス:「無」、オリジナリティ:「無」、筆の速さ:「神」です。

 どうしろと……(笑)

 さらに追記
 2011 12/11 注目の作品入り、ありがとうございます。
 いつか入ったらいいなとは考えていましたが、本当に入るとは思ってませんでした。     

閲覧数:1,315

投稿日:2010/08/06 18:43:52

文字数:5,683文字

カテゴリ:小説

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    大臣の悪さにぞくぞくします。続きも楽しみにしています!

    2010/08/14 12:07:05

    • matatab1

      matatab1

       ありがとうございます。
       大臣は『典型的悪党、愛されない悪役』をイメージして書いています。ぞくぞくしたと言っていただけて、かなり舞いあがってます。
       メッセージが貰えるだけでも幸せなのに、続きが楽しみのコメントが嬉しくて泣きそうです。  

      2010/08/14 19:13:19

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