以前クオの首が絞まったホームシアタールームにて、俺たちは初音さんお薦めのクリスマスのラヴコメ映画とやらを見ることになった。話は初音さんが好きそうな感じの可愛らしい話だったが、意外と面白かった。ハリウッド内幕物の要素が入っていたせいだろうか。舞台裏が映る作品って、昔から好きだったりする。
映画が終わるとちょうどお昼だったので、食堂に移動して昼食を取る。つくづく広いなあ。何部屋あるんだ、ここの家。
リンは初音さんと、クリスマスの飾りつけを眺めながら楽しそうに話をしている。クオは難しい顔をして、サンドイッチを齧っていた。俺も食べるか。初音さんが気合いを入れて用意させたのか、かなり美味しい。
「なあおい、ミク。午後はどうするんだ」
食事が終わる頃、クオは初音さんにそう言った。
「やっぱり映画?」
「ラブコメなんか一本でいいだろ。他の見ようぜ」
「クリスマスホラーなんかお断りよ」
「なんでお前まで、俺とホラーを結びつけるんだよっ!」
この前のことがあったせいじゃないのか、という突っ込みはさておき、クオは初音さんをリンから引き離すつもりでいるらしい。じゃ、俺は黙ってよう。
「じゃあ、クオは何が見たいの?」
「『メトロポリス』を……」
えーとクオ、なんでそこで『メトロポリス』なんだ。俺が言うのもなんだけど。それだったら最悪、「じゃ、クオと鏡音君が二人で見ればいいじゃない」状態になっちゃうじゃないか。
「却下」
きっぱりとそう言う初音さん。怒るクオ。
「なんでだよっ!」
「重苦しいのは却下! 今日はクリスマスよっ!」
それはわからなくもない。『メトロポリス』は結末自体はいい方だしよくできた作品だが、画面や雰囲気が暗い。
「……なんでいつも俺がお前にあわせなくちゃならないんだ」
「リンちゃん、何か見たいのある?」
初音さんが、不意にリンの方を向いた。リンがびっくりして顔をあげる。
「え?」
「だから、リンちゃんは何が見たい?」
初音さんは、リンの意見を取り入れることで、クオの反論を封じる気でいるらしい。でもリンに訊くと、下手すると「何でもいい」って返ってきそうだ。
「あの……わたし、ミクちゃんと一緒に見られないかと思って、オペラのDVDを持ってきたの。もし良かったらだけど……それ、一緒にどう?」
あ、推測が外れた。オペラか……リンはオペラが好きだ。でも、クオの趣味じゃないよなあ。初音さんはどうなんだっけ。
「オペラねえ……わたし、オペラはあんまり……何のオペラ?」
うん? 初音さんはオペラは趣味じゃないのか。上手くすれば、二人だけになれるかもしれない。
「ロッシーニの『チェネレントラ』よ。喜劇だから楽しめると思うわ。キャストもかなりいい感じなの。王子様が、ちゃんと王子様に見えるし」
ロッシーニ……確か、リンが以前「好き」って言ってた作曲家だよな。まだ貸してもらったことがないので、この人のオペラは見たことがない。キャストの外見……ああ、以前貸してくれた『ラ・ボエーム』で、ロドルフォとマルチェロが、二十代の設定なのに、どう見ても四十越えたおっさんがやっていたことを言ってるんだな。そう言えば『タイス』のアタナエルも、設定では青年らしい。おっさんだとばかり思ってたぞ。
「……たまには、オペラを見るのもいいかもしれないわね」
そう言い出す初音さん。う、うーん……。二人きりにはなれないようだ。何とかしないと……って、俺がごねると話がややこしくなるしなあ。
「おいこらちょっと待て。俺はオペラなんて見る趣味はないぞ」
クオがそんなことを言い出す。確かに、クオの趣味じゃなさそうだなあ。
「鏡音君、オペラ嫌い?」
「俺は好きだけど」
意外と面白いんだよ、あれ。中にはものすごくシュールな演出とかもあったりして。
「はい、賛成三票、反対一票。よってオペラに決定しました」
あっさりそう言う初音さん。……あれ、この前も誰かがこんなこと、言ってたような。……まあいいか、どうでも。
「ふざけんな、いつもいつも俺の主張却下しやがって。今日という今日は黙ってられるかっ! 勝負しろっ!」
えーと……リンと二人きりになりたいと言ったのは俺なんだが……クオ、勝負しろっていうのはどうなんだ。相手は女の子だぞ。
「勝負? 何で?」
「音ゲーでだ。俺が負けたら、大人しくオペラでもなんでも見てやろう。その代わり、勝ったら俺が見たい奴を見るぞ、ホラーだろうと何だろうと!」
なんだゲームか。これなら平和的と言えるかな、一応。揉めても、コントローラーが壊れるぐらいで済むだろう。
「望むところよ、受けてたつわ!」
初音さん、意外と挑発に乗りやすいんだろうか……。勝負受けちゃったよ。
「あの……ミクちゃん……」
「あ、リンちゃん。平気よ平気。わたし、音ゲー得意だから。クオなんかには負けないわ」
初音さんは自信があるらしい。クオ、わざと初音さんの得意なゲームを言ったな。
「そういうわけだから、リンちゃんは鏡音君と……あ、ここは駄目だわ、片付けがあるし。そうね、ホームシアタールームで待ってて。暇なら、ラックの中のDVD見てていいから」
「あの……音ゲーって、何?」
そんなことを訊くリン。……リンの家はゲーム禁止だっけ。音ゲーという単語がわからなくて、困惑していたようだ。
「あ、リンちゃん、ゲームには詳しくなかったわね。音楽を使ったゲームの一種よ」
初音さんにそう言われて、リンは少しほっとした表情になった。どうやら、二人が殴りあいでも始めるのではと懸念していたらしい。
「ミク、行くぞっ!」
「待ちなさいよっ!」
クオは初音さんと一緒に出て行ったので、食堂には俺とリンが残された。ちなみに周りでは、お手伝いさんが食器を片付けている。ここにいたら、邪魔だよな。
「リン、初音さんもああ言ったことだし、ホームシアタールームに行こうか」
プレゼントはそこで渡そう。周りに人がいる状況は恥ずかしい。
「え、ええ」
頷いて、リンは立ち上がった。俺も立ち上がり、一緒に食堂を出る。……ホームシアタールームって、どっちだったっけ。二回しか来たことのない家、おまけにだだっ広い豪邸なので、場所がよくわからない。
リンを見ると、そのまま右手に向かって歩き始めていた。道がわかっているらしい。しょちゅう来ているんだろうな。俺も後に続く。
「ところでリン、『チェネレントラ』って、どういう話? さっき喜劇って言ったけど」
リンが前に貸してくれたオペラは、どちらかというと悲劇だったから、喜劇を見るのは初めてだ。
リンはえ? という顔になり、それから、ああ、という顔になった。それから、悪戯っぽくくすっと笑う。
「レン君も知ってる話よ」
「え?」
俺も知ってる話? 心当たりが無いが……。
「『チェネレントラ』は、イタリア語なの。イタリア語のオペラだから。英語にすると『シンデレラ』」
くすくす笑いながら、リンはそう言った。……『シンデレラ』? それって、リンが好きだって言ってるおとぎ話だよな。初音さんも好きな話で。ああ、だから初音さんは承諾したのか。
「『シンデレラ』って、喜劇だっけ?」
悲劇じゃないのは確かだが、あれを喜劇と言われるのは違和感があるぞ。『テンペスト』が、どちらでもないように。
「もともとの話は違うけど、これは喜劇になってるの。見ればわかるわ」
どういう感じなんだろう。もし今日見れなかったら、今度貸してもらうか。
話しているうちに、ホームシアタールームに着いたので、中に入る。リンはちょっと困った表情で、部屋に立っていた。
「とりあえず座ろうか」
「う、うん」
リンはおずおずとソファに座った。
それより、折角クオが機会を作ってくれたんだ。しっかり利用しないと。俺は抱えてきた鞄を開けて、リンへのプレゼントを取り出した。これを渡さないと。
「リン……これ」
俺は、箱をリンの方へと差し出した。リンがびっくりしてこっちを見る。
「え?」
「クリスマスプレゼント」
俺の答えを聞いて、リンは大きく目を見張った。俺と箱を見比べている。
「……わたしに? だってレン君、今日わたしがここに来るって知らなかったのよね?」
「あ~、実は、クオから聞いてたんだよ。リンも来るって」
そう答えると、俺はリンの膝にプレゼントの箱を置いた。
「リン、クリスマスおめでとう」
「あ……ありがとう……」
リンはおそるおそる、プレゼントの箱に触れた。触ったら消えるとでも思っているみたいな手つきだ。そのまま、じっと箱を眺めている。うーん……開けて中のカードを読んでもらわないと、俺が困るんだが……。
「開けてみて」
リンは少しためらったけれど、好奇心の方が勝ったのか、箱にかけられたリボンをほどき始めた。丁寧な手つきで、包み紙を開けていく。リンらしいが、俺としてはさっさと開けてほしい。リンが中身を見るまでは、クオたちに戻ってきてほしくないんだ。
ようやく、リンが箱を開けた。中を見て、驚いた表情になる。
「……え?」
そんなに意外だったかな……。俺はてっきり、リンはこの手のものが好きだと思ってたんだが……。選んだ時はこれで大丈夫だと思ったが、こんな表情をされると心配になってくる。
リンはやや強張った表情で、箱の中から小さめのピンクのうさぎのぬいぐるみを取り出した。黙ってじっと見つめている。……やっぱり失敗だっただろうか。そう思った時、リンは泣きそうな表情で、ぬいぐるみを抱きしめた。
嫌ってわけでもないようだが……どうしたんだろう。あまりにも予想していた反応と違ったので、言葉がかけ辛い。
しばらくすると、リンはぬいぐるみを抱きしめるのをやめた。表情は、さっきよりは落ち着いている。そしてリンは、ようやく、ぬいぐるみにピンで留めてあるカードに気がついた。……気づかなかったらどうしようかと思ったぞ。
「"I should tell you I love you"」
リンはカードを読み上げて、くすっと笑った。あ……これは、いいってことだよな。その気がないのなら、この文面を見たら困惑するだろう。
「ありがとう……この子の名前は、ミミにするね」
リンは俺を見て、笑顔でそう言った。……は?
「ミミって……」
その文章は『RENT』の歌詞だから、リンがそういう発想になるのは変じゃないが……。えーと、そのメッセージカード見て、言うのはそれだけ?
「レン君は、この子の名前はエンジェルの方が良かった? わたしは、ミミがいいと思うんだけど……」
リンは怪訝そうな表情で訊いてきた。俺がぬいぐるみの名前に異論があると思ったらしい。そんなの何でもいいよ。リンのつけたい名前をつけてくれれば。
「いや、ミミでいいと思うよ」
そう言うと、リンは安心したように微笑んで、ぬいぐるみの頭を撫でた。可愛いが……今重要なのはそれじゃないっ!
「あの……リン、そのメッセージカードだけど」
「ありがとう、可愛いカードね」
「いやだから……意味、わかってるよね?」
「『大好きって言わなくちゃ』って意味でしょ?」
リンはまたにっこり笑った。間違っちゃいないが……。なんでその反応なんだ?
「ミミがそう思ってくれるんなら、わたしもこの子を大事にしなくちゃ」
俺は、もう少しでその場にひっくり返るところだった。リンは、このカードをぬいぐるみのおまけだと思ったらしい。……何でそうなる。それ、俺の字だろ。
「リン……そのカード、俺が書いたんだけど」
「ええ、ぬいぐるみにはカードは書けないわ」
真顔でそう言うリン。……ああ、要するに、俺がぬいぐるみの気持ちになって、カードを書いてくれたんだと思ってるのか。……って、どうしてそうなるんだよ。
プレゼント、ぬいぐるみじゃなくて他のものにしておけば良かった。そう思ったところで、後の祭りか。とにかく、どうにかして俺の気持ちを伝えないと。
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