言われた意味を理解するまで、またしばらくかかった。カードの文章は、ミミがロジャーに気持ちを告げるところのもの。ずっと愛していたって……。
それって……レン君がわたしを好きだってこと? ロジャーがミミを好きなように? いえ、台詞はミミだけど……いやだ、なんだか頭が上手く回らない。
心臓の鼓動が早くなって、頬がひどく熱い。わたしは、レン君の顔を見ていられなかった。下を向いたけど、心臓の鼓動は落ち着いてくれないし、顔も熱いまま。何がどうなっているの? わたし、どうしちゃったの?
「……リン」
レン君が、わたしの名前を呼んだ。緊張で、思わず身体が強張る。どうしたらいいのか、全くわからない。
「俺は、リンが好きだよ。リンは?」
好きか嫌いかで訊かれれば、わたしはレン君が好きだ。でも、レン君が訊いているのは、そういうことじゃない。わたしが、ミミがロジャーを好いているのと同じように、レン君を好きなのかということ。
わたしは混乱したまま、腕を交差させて自分の両肘をきつくつかんだ。何だか、頭がくらくらして、何も考えられない。早く答えないといけないのに、言葉が出て来ない。
レン君の様子を伺おうとして、少しだけ顔をあげる。レン君は、じっとわたしを見ていた。瞳があってしまう。自分の心臓が、自分でも嫌になるぐらい激しく打っている。どうしたら治まってくれるんだろう。もどかしくて、わたしは軽く唇を噛んだ。
わたしはいたたまれなくなって、また下を向こうとした。その時……。
レン君が、わたしを抱き寄せた。思わず、緊張で全身が強張る。
わたしを抱き寄せたレン君の腕は、抱き寄せただけで、力を込めようとはしなかった。わたしが振りほどこうと思えば、振りほどこうと思える程度の強さ。
……レン君の手が、わたしの背中を軽く撫でた。何故か心臓が跳ね上がる。でも嫌な感じじゃない。手は今度は髪に触れた。指がわたしの髪に潜り込み、あやすように優しく梳く。……手の感触が気持ちいい。
いつの間にか、わたしの身体からは力が抜けて、レン君にもたれかかっていた。よくわからないけど……こうしていてもらうと、不思議と安心するの……。頬はまだ熱いけど、心臓の方もさっきより、落ち着いたみたいだし……。
わたしを抱きしめるレン君の腕に、ちょっとだけ力が籠もった。その分、身体が密着する。心臓がまた跳ね上がって、それから落ち着いた。なんだか、熱に浮かされたみたいな感じがする。あったかくて、熱いの。
「……大好き」
気がつくと、わたしはそう口にしていた。言ってから自分ではっとなる。わたし、今……。
レン君がわたしから身体を離した。わたしの顔を覗きこんでくる。
「リン、今……好きって……」
ふわふわした状態で、わたしが口にした言葉。全く考えていなかった言葉で、考えていなかった感情で、でも、わたしの中にあったんだ。それに今名前がついた。
次の瞬間、わたしの中で何かが崩れた。わたしはレン君にぎゅっとしがみついた。
「好きよ……レン君のことが大好き」
わたしはレン君の服を握り締め、何度も何度も呟くように繰り返した。そう、わたしは……レン君のことが、好き。いつからかはわからないけれど……ううん、いつからなんて、どうでもいい。今、わたしはレン君のことが好きだ。
これが……恋なんだ。わたしはレン君が好きで、レン君もわたしのことが好き。温かくて、優しくて、でも激しい気持ち。
でも……。
これからどうしたらいいの? わたしには恋愛なんて許されていない。わたしの将来は、お父さんによって決められている。学業を終えたら、お見合いして結婚だ。
嫌だ。お父さんの言うとおりに、お見合いして結婚するなんて嫌。わたし、レン君と一緒がいい。一緒にいたい。
けど……そんなの絶対に許してもらえない。お父さんの怒る顔が頭に浮かび、わたしは身震いした。わたしがどれだけレン君のことが好きでも、そんなの関係ないって言われてしまう。
わたし……気づきたくなかったんだ。レン君のことが好きだっていう、自分の気持ちに。だって、恋愛するわけにはいかないんだから。
レン君の服をつかんでいた手を離す。……どうしよう。レン君は、わたしの気持ちを知って喜んでいる。でも、レン君のことを思うのなら、わたしは「友達のままでいてほしい」と、言わなくちゃいけなかったんだ。
「……リン?」
レン君の手が、わたしの頬に触れた。大きい手。
「どうしたんだ?」
わたしの視界に映るレン君の顔は、わたしを心配してくれていた。……涙がこみ上げてくる。わたしは泣くのをこらえようと、一度唇を噛んだ。
「わたし……」
辛くても言わないといけない。
「レン君のことが好き。でも、つきあえないの。……お父さん、男の子とつきあうなんて許してくれないわ」
……胸の奥が、かきむしられるように痛い。どうしてお父さんの言うとおりにしなくちゃならないの? わたし、レン君と話をしたり、一緒に出かけたりしたい。そして、さっきみたいに抱きしめてほしい。それ、そんなに大それた望みなの?
「……嫌だ」
「レン君?」
きつい声でそう言われ、わたしはびっくりしてレン君の顔を見た。
「リンが俺のこと嫌いだとか、友達以上には見れないっていうんなら、俺も諦めるよ。でも、リンは俺のことが好きなんだろ?」
……自分の気持ちに、嘘はつきたくない。わたしは、レン君のことが好きだ。わたしは頷いた。
「好きよ……大好き。でも……」
この恋には未来がない。実を結ばない花は散らなければならない。この恋は、あの花と同じ。
そう言おうとしたのだけれど、言えなかった。レン君がまた、わたしのことを強く抱きしめたから。
わたしはレン君をはねのけようとしたけれど、できなかった。だって……本当はそうしたくなかったから。頬を涙が伝った。
気づいてしまった気持ちに、蓋はできない。わたしはレン君の肩に顔を埋めて、少しだけ泣いた。
レン君の手が、またわたしの髪を撫でてくれた。……ああ、こんなシーンがオペラにあったわ。わたしみたいに短い髪じゃなくて、塔の上から届くぐらい長い髪だけど。あのオペラも、最後は二人とも死んでしまった。
「……リン、泣いてる?」
答える前に、レン君の手がまたわたしの頬に触れた。わたしを抱きしめていた腕が離れて、肩に置かれる。ああ、泣いているところを見られてしまった。
レン君は手を伸ばして、わたしの涙を拭ってくれた。……心配かけないようにしようって、思っていたはずなのに。でも、レン君のこういう行為を、嬉しく感じてしまう気持ちもある。
「……俺は、リンが好きだし、リンと一緒にいたい。リンにとって特別な相手になりたいし、リンのことを俺の特別な人にしたい」
「わたしだって……レン君と一緒にいたいわ。レン君はわたしの特別な人よ」
レン君と出会って、わたしは色々なことを知ったし、今まで気づけなかったことにも、気づくことができた。あの日劇場でレン君と出会ってなかったら、わたしは今も、ただぼんやりと日々を過ごしていただろう。
未来の無い恋だけれど、わたしがレン君に感じている気持ちは真実だ。わたしは、頑張って笑顔を作った。ここで微笑むことができたら、きっともうちょっとだけ強くなれるんだ。
レン君の手が、わたしの頬に優しく触れて、顔を上に向けさせた。わたしの視界に、レン君の顔がいっぱいに映る。……なんだか少し恥ずかしくなって、わたしは瞳を閉じた。
次の瞬間、わたしの唇が柔らかくて温かい何かで塞がれる。え……あ……これって……。
瞳を開ければ、何が起きてるのかはわかる。でも、そうする気にはなれなかった。胸の鼓動が、また早くなってくる。体温まであがってきたような、そんな感覚もしてきた。
レン君がわたしの背に腕を回して、抱きしめてくれた。……わたしもレン君の背に腕を回してみる。少し固い感じのする身体。ああ、男の子って、こういう感じなんだ。レン君がわたしを抱きしめる腕に、力がこもる。わたしも抱きしめ返した。
ずっと抱き合っていたかったけれど、さすがにそういうわけにもいかない。しばらく時間が経過した後、わたしたちはソファに並んで座っていた。
「……わたしたち、これからどうなるの?」
わたしは、レン君に訊いてみた。今更、ただの友達に戻るなんて無理だ。
「当分の間は、今までどおりだよ。学校で会って話して、時々一緒に遊びに出かけたりして」
それが、レン君の答えだった。……そうなの?
「じゃ、あんまり変わらないのね」
「俺からすると、全然違う。友達は抱き合ったりキスしたりしないから」
そう言われ、わたしは頬が赤くなるのを感じた。さっきのこと……思い切り思い出してしまった。
レン君は腕を伸ばして、わたしの肩を抱き寄せた。あ……。
「こうやってくっつくのは、恋人じゃないとできないだろ」
恥ずかしいけれど、こうやってくっついているのは好きだ。レン君の身体のぬくもりが伝わってくるから。……でも、それを好きと認めるのもまた、恥ずかしい。
「……リンは、こうされるのは嫌?」
わたしは、ゆっくりと首を横に振った。それから、自分の頭をレン君の肩にもたせかけてみる。
「こうしていると、幸せな気持ちになれるの。でも……高校を卒業したら、どうなるの?」
高校の間はいい。三年になったらクラス替えがあるけれど、少なくとも同じ学校にいるのだから、会うことはできる。
「リンの成績と俺の成績はそんなに差がないから、同じ大学に行けると思う」
確かに、わたしたちの成績は同じくらいだ。……お父さんがわたしを行かせたがっている大学は共学だから――お父さんの卒業した大学で、ルカ姉さんが卒業したのもそこだ――レン君が入れないということはないはず。
「……その先は?」
わたしには多分、お父さんが用意したお見合いが待っている。どうやってそれを断ったらいいんだろう……。
「大学に入ってからじゃ、駄目かな」
レン君はそう答えた。そんなに先のことまで訊かれても、レン君も困ってしまうわよね。わたしの家の方が、変なんだもの。
「……ジュリエットみたいな恋は嫌なの」
レン君と劇場で会った時、わたしはシェイクスピアの悲劇『ロミオとジュリエット』を見た帰りだった。二人を死なせたのは、お互いの両親の無理解。わたしたちの場合は、多分片方だけだろうけど……結果的には一緒だ。『ランメルモールのルチア』のルチアもそうよね。兄に恋人との仲を引き裂かれて、気が狂った。
「そんな恋にはしないよ」
どうやって? どうやったら、わたしたちの恋には未来ができるの? どう考えたって先が無いのに。
でも、わたしはその言葉を口にできなかった。上手くいくんだって、思いたかった。幸せな未来を、少しの間だけでも夢見たかった。
だから、わたしは何も言わずに、レン君に身体を押しつけた。レン君が、ぎゅっとわたしを抱き寄せてくれる。
その時、ドアが開く音がした。え……あ、ミクちゃん!
「た~だ~い~ま~っ!」
どうしよう、すっかり忘れていた。ここ、ミクちゃんの家なのに。わたしたち、完全に自分たちだけの世界に入ってしまっていたんだわ。
わたしはこわごわとドアの方を伺った。ミクちゃんとミクオ君が立っている。瞬間恥ずかしさが頂点に達し、わたしはまた真っ赤になって下を向いた。レン君とくっついているところを見られるなんて……。
「ああああの、ミクちゃん、これは……あの、その……」
自分でも何を言っているのかわからない。とにかく何かを言わないといけないはずなんだけど、何を言ったらいいの?
「……俺、リンとつきあうことにしたから」
パニックになっているわたしの耳に聞こえたのは、レン君のそんな言葉だった。……え? 驚いて、思わずレン君の方を見る。レン君も少し赤くなっていた。
「リンちゃん、そうなの?」
ミクちゃんがわたしに訊いてきた。わたしは赤くなったまま、なんとか頷いた。
「う、うん……そうなの」
「そうなんだ。おめでとう、リンちゃん」
え……ミクちゃん、おめでとうって、何が? 顔をあげてミクちゃんの方を見ると、ミクちゃんは笑顔だった。呆れられたりはしていないみたい……。
「……ありがとう、ミクちゃん」
ミクちゃんの笑顔を見た途端、わたしの緊張は解けて、わたしはミクちゃんにそう言うことができた。
「ところで、勝負はどうなったんだ?」
レン君が訊いている。ミクオ君は、不機嫌そうだ。
「……俺が負けたよ。というわけで、見るのはオペラだ」
なんだかよくわからないけど、ミクちゃんが勝ったのね。これでいいのかな……?
ロミオとシンデレラ 第五十四話【もつれた糸玉】後編
この連載は確か七月に始めたんですが……。半年以上かけてようやくここまで辿りつきました。長かったなあ……。
この後、家に帰ってからのちょっとした話と、クオとミクのエピソードを入れて、その後は時間をスキップさせる予定です。
そういうわけで、もうしばらくおつきあいください(既にリタイアした人が大量にいるんじゃないかという気がする)
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ご意見・ご感想
鏡音溺愛←
ご意見・ご感想
はわー\(//∇//)\
とうとうここまできましたね!
思わず顔がにやけてしまいました(^ ^)
このあとどう2人の状況が変わっていくか楽しみです(^ ^)
2012/02/21 18:59:17
凪猫
ご意見・ご感想
やっぱりおもしろいです!!!!!!!!!!
この展開からどうゆう結末になるのかがとっても楽しみですo(^▽^)o
最後までおつきあいしますっ!!!!!!!!!!笑
2012/02/16 19:16:01
目白皐月
こんにちは、凪*にゃんさん。メッセージありがとうございます。
展開やラストなどは大体決めてあるので、後は書くだけなんですが。
なんかこの話、書くにつれてどんどん分量が増えて行ってるんですよ。
当初はもっと短くまとまる予定だったのに……。
最後までつきあうと言っていただけて嬉しいです。
2012/02/18 00:35:16