俺の計画は、あっさり破綻した。昼休みにミクからメールが届いたのだ。「鏡音君がリンちゃんに話してるのを聞いたんだけど、演劇部お休みなんだって? 一緒に帰れるね」と書かれている。レンの奴、巡音さんに部活が休みになったこと喋ったのかよ! あいつ、何てことしてくれたんだ! 意趣返しのつもりなのかっ!? きっとそうだ、そうに違いない……わかってるよ、多分そんなことじゃない。大方、部活が休みになったことで空いた時間を有効活用しようとしているだけなんだろう。……結局あいつ、巡音さんのことが好きなんじゃないか。
ううっ……どう考えても、俺に死刑が執行されるのは間違いない。親父にお袋、先立つ不幸を許してくれ。遺書を書いておいた方がいいだろうか。
学校が終わると、俺は暗い気分で校門へと向かった。……迎えの車はもう来ていて、ミクがその前で待っている。俺が来たのを見ると、ミクは何も言わずにさっさと車に乗り込んだ。俺も後に続く。
家までの間、ミクはずっと無言で窓の外を眺めていた。何一つ喋ろうとしないのが逆に不気味だ。きっと、俺をどうやって処刑するのかを考えているんだろう。
やがて、車は家についた。ミクがこっちを見て、にこっと笑う。
「クオ、お茶にしない?」
「……へっ!?」
予測していなかったことを予測していなかった態度で言われたので、俺は間の抜けた声をあげてしまった。……何がどうなっているんだ。
俺が何か言う前に、ミクはさっさと車を降りてしまった。慌てて俺も車を降りる。
家に入ると、ミクはお手伝いさんを呼んで、お茶の準備をしてくれと頼んでいる。俺はミクの考えていることがさっぱり理解できず、その場に立ち尽くしていた。
「クオ、わたし、着替えてくるわ。クオも着替えてきたら?」
ミクはそう言うと、またさっさと行ってしまった。何だかよくわからないが、制服のままでいるわけにもいかないので、俺も自分の部屋に戻って着替えることにする。……このまま部屋にこもってしまいたい衝動にかられるが、そんなことをしたところで、ミクは部屋まで呼びに来るだろう。……仕方ない。
俺はしおしおと居間へ向かった。ミクはもう来ている。居間のテーブルの上にはティーセットが並べられていた。二人分の紅茶が湯気を立てている。その隣には、クッキーの乗った皿があった。どこからどう見ても優雅な午後のティータイム……とやらだが、俺の気分はそんなものとは程遠い。
そうか……わかったぞミク。死刑囚に最後の温情をくれようとしているんだな? このティータイムがそうなんだな? 俺は暗い気分で椅子に座った。
「はい、クオ、紅茶」
俺は紅茶を受け取った。俺はどっちかっていうとコーヒーの方が好きなんだが、死刑を待つ身だから贅沢は言えない。紅茶に口をつける。
「クッキーもどうぞ」
差し出された皿からクッキーを取って口に入れる。……あれ、甘くないぞ。チーズが入った塩味のクッキーだ。珍しいな、ミクはバリバリの甘党だってのに。あ、でも、エビせんべいも好きなんだっけ。親父とお袋が帰って来る時にはいつも「お土産にエビせんべいお願いね」って言うし。
……美味いな、これ。もう一枚食べよう。きっとこれが最後の晩餐になるんだろうから。
「美味しい?」
ミクが笑顔で訊いてくる。俺は頷いた。
「それね、リンちゃんが焼いたのよ」
「……ぐほごほげほっ!」
俺は驚きのあまり、クッキーを喉に詰めかけた。ミクの奴、今、何て言った?
「お、お前、今なんて……」
ミクは笑顔のままで表情で紅茶を啜っていた。優雅な手つきでカップをテーブルに置くと、クッキーを一枚手に取る。
「このクッキー、リンちゃんが昨日焼いて、今日わたしにプレゼントしてくれたの」
ミク……それは、どんな嫌がらせだ。呆然としている俺には構わず、ミクは笑顔でクッキーを食べている。笑顔なんだが……その笑顔が怖い。お前は一体何を考えているんだ。
……駄目だ耐えられねえ。俺は白旗を挙げることにした。
「ミク……今回のことは全面的に俺が悪かった! だからもう勘弁してくれっ!」
「……何の話?」
白々しい態度でそう訊いてくるミク。うわあお前という奴は。
「だ、だから……コウをけしかけたりして悪かったっことだよっ。べ、別にお前の作戦を妨害しようと思ったわけじゃないんだ。ただちょっと……何も考えてなかったって言うか……」
さすがに、巡音さんが困ればいいと思ってたとは言えない。
「え? そうだったの?」
きょとんとした表情でそう訊いてくるミク。はい? ちょっと待て。今、お前は俺に精神的拷問を加えていたんじゃなかったのか。
「わたしてっきり、クオは自分だけで考えて作戦を実行したんだと思ってたのに」
「作戦って……」
何のことだよ、おい。
「リンちゃんが他の男の子にアタックされてるのを見たら、鏡音君が妬くかもって思ったんじゃないの?」
いやそんなことは微塵も思ってませんでした。ただ単に巡音さんが困ったら面白いだろうと思っていただけです。すいませんもうやりませんから。
「作戦としては穴だらけだけど、クオも意外と考えてくれていたんだなあって、わたし、見直していたところだったのに……だからクッキーと紅茶でねぎらってあげようと思ってたのに……」
ミクが悲しそうに視線を伏せる。わ、やめてくれ。そんな顔しないでくれ。こんな結果になるなんて思ってなかったんだ。
「お、俺が悪かったよ……今度のことは本当に反省してる! もう二度と、お前の友達を危険な目にあわせるようなことはしないから!」
「……約束してくれる?」
うっ……ミクが涙目でこっちを見ている。
「するする、するって! だから泣くな!」
情け無いなんて言うんじゃねえ。ミクに泣かれんのは堪えるんだよっ! ミクは俺の前で目を拭っている。……ああ、なんてこった。
「と、とにかく今後は全面的に協力してやるから! な、いいだろ?」
「うん……」
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