タグ「短編」のついた投稿作品一覧(16)
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ひところ、暖かい風が吹いた時があった。まだ寒い時期だったから、印象に残っている。
いつもの駅で電車を待つ間、遠くの山を見ると、少しけぶっていた。太陽は柔らかく地面に落ちていた。春を感じるような天気に、柏原は微笑むように目を細めていた。
ベンチに座り、ぽーっとした柏原の横で、僕もぼんやりとしてい...踊りませんか、次の駅まで
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女の子のタイプは? と聞かれると、やはり凝りに凝って考えてしまう。出るとこ出てる子、おとなしい控えめな子、笑顔の素敵な子、料理が上手な子、いろいろとある。高望みもあれば、それはどうなんだと思う好み、嗜好でもって女の子のタイプを決める男もいる。
だがまぁまてまて。人にはいろいろな面がある。一義的に...ある席の思索
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イヤフォンをつけて寝転がった。ポータブルプレイヤーからお気に入りの曲を選んで流す。部屋は静寂だけれど、僕の体は音楽に満たされた。
忘れられていたメロディが耳にそそがれる。一つ一つの音に集中してそれを追ってゆく。目を閉じて、その暗闇のなかで、一つ一つの音が輝いて、さながらプラネタリウム。僕はその暗...プロモーションイメージ
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心は風に、意識は宿に、荒れすさぶ海に体はある。すべては別々の位置にあって、一つを形作っている。
心は風に乗ってどこか知らない場所に飛んでいってしまった。意識はじっと宿にいるばかり。荒れすさぶ海にあって体はもみくちゃになっている。
意識は残酷なまでに明晰だ。恐怖に怯え、寂しさに震えている。どこか...健全な病まい
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手紙が来ないと言う事を理由に、私は彼を忘れることにした。手紙をすべて処分して、彼が居たと言う痕跡を全て、徹底的に処分した。残ったのは記憶の中の彼だけであった。胸の奥が空っぽになったようで、でも不思議な重さがあった。深夜になっても眠気はやってこない。それでも電気を消して、布団に潜り込んだら、涙が止ま...
心よ枯れろ
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世界で飲まれるコカコーラ、世界で聴かれるマイケル・ジャクソン、世界を繋ぐインターネット。
宇宙に風船のように浮かぶ地球の表面は、世界と呼ばれる人間たちの空間。私たちはそこで暮らしている。ちっぽけだけれど成長し、仕事をこなし、人と知り合い、人を好きになり、愛し、そして子供を育て、死んでいく。私たち...ありふれた気持ち
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箱の中で暮らすのに疲れた。僕は実際に箱に住んでいるわけじゃあない。ごく平凡に、両親が暮らしてきた家に生まれ、屋根のある建物に暮らしている。間違っても、橋げたの下の粗末な家で、ダンボールを使っているわけではない。
箱はとてもとても大きい。それはとても大きい。それはとても大きいようで、でも改めて大き...フラーレンより複雑
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暑い夏の日、洗濯機を眺めていた。ぐるぐるまわる、という運動をする機械が洗濯機より他になかったからだ。
洗濯機のぐるぐるまわる世界に没入する。その頃の僕にとって何よりも楽しいことだった。ぐるぐるぐるぐると、視線を回していくうちに、何も気にならなくなった。洗濯機の出す音もしかり、蝉の鳴き声しかり、体...チンチリリン
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太陽が登ってくる前の時間。目は開いても足取りはふらふら。とても落ち着きの無い足取りだけれど――大丈夫。動くほどに体が温まって、頭も体も冴え出すだろう。
部屋を出て冷たい廊下を歩く。足からどんどん体温が奪われていく。外気も思ったより冷たくって、一枚取りに戻ろうかと思ったけれど、やめにした。私は急ぐ...朝もやの頃は
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公衆電話が消えている。別に今のご時世珍しいことではない。だが今日僕は公衆電話が撤去されているところを見てしまった。実のところ、公衆電話が減っていると感じている人は多くても、その公衆電話が撤去されるところを見たことのある人は少ないのじゃなかろうか。
その撤去作業は、ある商店の工事の際に、一緒に行わ...なかった
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ポカポカと暖かい庭の中に、僕の小屋はある。今日も花壇の花に蝶が集まってきている。それを見ると僕は居ても立ってもいられなくなって駆け出してしまう。だって目の前でひらひらしているのだもの、飛びかかりたくなる。――でもいっつも駄目、紐が引っかかって花壇には届かないようになっている。子供の頃、僕がはしゃぎ...
冒険と憂鬱 1
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赤い鳥居が連なっている。その先に小さな祠がある。その手前に狛犬がわりの狐の像が左右一対で置かれている。闇の狐はこうした稲荷を拠り所に、各地を巡っていた。
稲荷の信仰は根強い。場所によっては立派な社殿を構えていることもある。都市部の入り組んだ場所でも稲荷の祠は取り壊されも移動すらもされず、そのまま...稲荷 上 ――闇の狐――
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浮くと言う経験。そして落ちる感覚。
人間は浮けないけれど、身の回りでは様々なものが浮いている。紙をポイっとやると、紙は浮いてふわふわ落ちる。虫の一部や鳥は、ぱっと羽を開いてはばたいて飛ぶ。気流をみつけてわっと上へ押し上げられてひらひらと行きたいところへ行く。木立の枝の先、色を失った葉は何かの拍子...浮く
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ある日、公園のそばを歩いていたら、子供が「タイヨウノカド、タイヨウノカド」と叫んで走り回っていた。その声はもう嬉しくって嬉しくってたまらないと感じで、はしゃぎまわる感情が自然に出させたもののようであった。
子供の感性とは不思議なもので、見たことのないものがあれば、それは世界で自分しか知らないこと...タイヨウノカド
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闇の狐は暗がりを放浪する。曰く真っ黒なだけでそれ以外は狐そのものだと言う。フサフサの尻尾を持っていて、ピンと立つ耳を持つ。
山に暮らしていたこともあったそうだが、今は街に住んでいる。山に住んでいた頃、自分のことを人形遣い、と呼ぶ変な人間が暮らしていたと言う。不思議なことに狐はその人形遣いと意志を...闇の狐
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隣のあの人どこ行く人ぞ。暗闇ぬってどこ行くぞ。灯りもつけずにどこ行くぞ――どこを曲がった、角がわからぬ。
歩みを止めて耳を澄ます――。どこぞで足音響いているか?立ち止まったか何も聞こえぬ。ふっと目を上げれば、柔らかな月明かりに照らされた街の陰影。馬鹿に暗い。街の遠くも連なる家々も、すべて月明かり...夜間回廊