作品一覧
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『なあ、メイコ。お前の誕生日はいつなんだ?』
『私?』
『そう、幾ら聞いても教えてくれないから。このままだと祝ってあげられないだろ』
本当は明日だと、言えば良かっただろうか。
大学へ出かけるマスターの背中を見送ってから、私はふと思った。
冬を間近に控えた十一月四日。思い浮かんだ考えをすぐに首を振って...Happy Happy Birthday
榎ノ木
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二章 後編
次の日、リンの朝食が終わったと、馬に乗って緑の国へと向かった。
いつもなら、楽しみでわくわくするのに、今日はなぜかもやもやしていて、気が進まない。
緑の国に着くと、慣れた足取りでメルトに向かう。
いつものように店...【悪ノ】哀れな双子 2章 後編
紺スープ
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王女は召使から伝えられた事実との矛盾を確かめることにした。
まずは自分が要人を呼び出して問い詰める。
その一方で召使は姿を隠して市井へと一度下り、民衆の真意を知る。
なにか王宮はおかしいと召使が言ったため、その双子の計画は寝所で行われた。間者が屋根裏に潜んでいても、とてもささやき声までは聞き...VOCALOID曲より『悪ノ娘』 その3
椎名 葵
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青い空と青い海は、良質のワインを産出するこの国の象徴だった。
外交のために自ら向かうと言ってきかない王女を抑えきれなかった家臣たちは、王位について初めて彼女自身を海を隔てた隣国へ向かわせたのである。
「すごく綺麗な青い海……」
「この国は避暑地として有名でもあるみたいですよ」
「そうなんだ。もっ...VOCALOID曲より『悪ノ娘』 その2
椎名 葵
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自分にはとても無理だ、と王女は思ったそうだ。
どうして父上も母上もあたくしが物心つく前に逝ってしまったのですか? そう空に涙を流したとも一説には伝えられている。その時まだ彼女は十を過ぎたばかり、玉座を埋めることはできてもとても一国を動かす力なんてものはなかった……支え続けてくれた忠臣が老衰でこの...VOCALOID曲より『悪ノ娘』 その1
椎名 葵
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その日彼女とは三曲踊った。他の娘の相手もしたけれど、一番楽しかったのは彼女とのステップだった。
「お会いできて嬉しいです」
「僕もですよ」
ワルツの合間に交わすそんな言葉も今日は親しげで。
仮面のない、他の娘よりずっと薄化粧の彼女の顔はとても綺麗に見えた。
「貴方に会える日を心待ちにしておりま...VOCALOID曲より『カンタレラ』 その2
椎名 葵
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仮面の向こうからの視線が真っ直ぐに僕を射ていた。
彼女の振り分けた長い髪に飾られたレースが揺れるのを視界の端に捕らえながら、その視線を受け止めて。もう何度目だろうか、この閉じた世界で出会うのは。他の娘たちならどんなに着飾っていても、向けられるものを気づかないふりをして受け流すことができるが、どう...VOCALOID曲より『カンタレラ』 その1
椎名 葵
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めーちゃんと俺は、いつも一緒だった。
長い下積みの時代を送っている間もずっと二人で頑張ってきた。
マスターから素晴らしい曲を貰っても、上手く歌えない時もあった。深夜までレッスンを繰り返した。
そんな風にこつこつと頑張ったおかげか、爆発的な勢いはないものの、めーちゃんは少しずつ評価を上げていっ...コワレタセカイ - 序 - 【KAITO】
kigaikai
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特設ステージに集まる。
観客の歓声に驚く私とネル。
「ネルはギターなの?」
「うん、本音先輩がメインだけどね。」
辺りを見回す、キクさんはドラム、カイトさんはショルダーキーボード、メイコさんはベース。
キクさん以外は以前、兄貴とバンドを組んでいた。
その時はカイトさんがドラムでスリーピースバンドだっ...止まるな心臓(モーター)後編
晴れ猫
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僕等は僕等の意思とはなんの関係もなく存在していた。場所はつまり、貴方のパーソナルコンピューターの中、ひとつのツールのような存在として。インストールされた日の喜びは忘れないけど、いつでもアンインストールされるという背中がぞくりとするような恐怖は、ずっと継続して僕等の傍にひっそりと息を殺して佇んでいる。...
ネガティブシンキング
ひやた
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「そうだっっ!!!」
レンは勢い良く立ち上がった。
その直後にリンも飛び上がった、隣で突然の砲撃のような大声がしたもんだからドライヤーを落としたのだ。小指の上に。
「つっっ! ぁぅぁぁう…… っ」
涙を浮かべて悶え苦しむリンに気付かないまま、レンはおもむろに大学ノートを取り出す。
幸いにして...鏡音レンの作曲?
風月 諒
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「事実、僕は―」
天井の低い白い部屋で、やたらと声が硬く聞こえることだけが不快だった。他に別に不快で不快で仕様がないというようなものは今のところこの部屋には存在していない。陽射しをさえぎるカーテン、清潔なシーツ、赤の滲んだ包帯、そしてすぐ傍の椅子には君が居る。
「僕は、君を殺すつもりだったんだ、」
...アンビバレント(パロ・表現注意?KAITO)
ひやた
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二章 前編
レンは見慣れない街の中を歩いていた。隣の国、緑の国はとても豊かで綺麗な国だった。 レンは、きょろきょろと周りを見回しながら歩いていると、一つの看板が目に入った。 金属でできている、茶色のおしゃれな看板だった。そこには「Melt」と書かれていた。 レンはす...【悪ノ】哀れな双子 2章 前編
紺スープ
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「暑っ」
かかっていた毛布を翻して身体を起こす。
僕は暑さに負けて起きた。午前二時、初秋の夜。
まだ毛布は早すぎたのか、いや、触れる空気は冷たいのに。
ふと視線を落とすと、僕によく似た顔がやけに紅潮している。
「リン」
起こして良いものか悪いものか、恐る恐る発した声は闇に吸い込まれた。
暑かったのは...袖ひちて結びし水
teito
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(二時間前)
「お呼びでしょうか。世刻司令。」
「ええ。あなたにお話しておくことがあります。かなり重要なことです。ですが機密情報のため、声に出して話すのはやめましょう。いくらこの部屋が防音でも、一応ね。」
「では、筆談……ですか。」
「そんなものではありません。」
「では……。」
「あ...Sky of BlackAngel 第十二話「虚」
FOX2
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「疲れたの」
長く澄んだ色の髪を弄びながら、彼女は言う。
「僕もだよ」
そう口に出して僕は、閉ざされた暗い部屋の電灯を点けた。
「寝なさい」
彼女の柔らかい髪を撫でて、睡眠を促す。けれど彼女はうなだれたまま。
「お兄ちゃん」
「何?」
「歌うって、楽しいことなの?」
僕の顔を捕らえた彼女の目は、酷く...青緑色の哀しき絶対音感
teito
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触って思った、人の頭ほどの何かとは本当に人の頭だった。
冷たいが人の肌と変わらない質感の頬を、ちょうど撫でる様な状態で思考が止まる。
綺麗だ。
飾り気も捻りもない、そんな言葉が脳裏を過ぎる。
柔らかい頬に触れながら、眠るようにして瞼を閉じているそれに卓は心を奪われた。
「…………ッは?!」...小説『ハツネミク』 part1.スタートライン(1)
warashi
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夜の静寂を基地の中に轟くサイレンが破った。それに叩き起こされた僕は反射的にベッドから飛び起き、タイトとキクもけたたましいサイレンの音に反応してスリープモードから目覚めた。
「博士!これは……。」
「ひろき、こわいよ……。」
「スクランブルだよ。基地のレーダーが敵を捉えたんだ! すぐに決められ...Sky of BlackAngel 第十一話「予期せぬ交戦」
FOX2
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隣の部屋から嗚咽が聞こえた。
そっと戸を開けると、見慣れた薄い黄色の電子回路を取り付けた彼の背中。
私はふいに唇を動かした。
「レン?」
震えた彼の声が響く。
「充電中だか、ら、来るな」
静かな電子音が、まるで彼の心音かのように静寂に抗っていた。
時々起こるノイズが彼の脳内を痺れさせているみたいで居...エレクトロ・ルミネッセンス
teito
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「ねぇ、ミク」
声をかけると、ミクは買ってやった葱の根元をガリガリと齧りながら横柄に応えた。
「なんれふかマスタァー」
涎が垂れかけて緩んだ口調になっている。
手近にあったタオルを投げつけると「ふががっ」なんて女の子らしくない声を上げて四畳間に倒れ込んだりする。まったく…
「葱ってそんなに美味いの?...葱。
ももねこ
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僕の方ももっと驚いていた。
「そんな。まさか」
僕は助手席の背もたれを乗り越えて後部座席に移った。
「ね。リンちゃん。もしかして、君。……死んだの?」
「えっ? 死んだって、私が?」
「うん」
「ううん。生きてるよ。どうして?」
リンはまだびっくりがおさまらない様子で、ゆっくり、小さな声で言っ...冬至のパレード (3) 了
gatsutaka
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Ⅲ.
また微かな音が聞こえたような気がした。それと同時に車内の気温が急に上がり、僕は思わず上着を脱いだ。
「ちょっと暑くてごめんね」
後ろから声を掛けられた。振り向くと、水色のワンピースを着た女の人がニコニコ笑って座っていた。
「メイコ先生」
僕は思わずシートベルトを外し、助手席で後ろ向き...冬至のパレード (2)
gatsutaka
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0―ⅰ.
十二月二十二日。彼は厚い雨雲の上にいる。彼の目には青空に投影された経線と緯線が映っている。冬至の太陽の縁がまもなく子午線に懸かろうとしている。彼は下を向き、雨雲の中を急降下する。
郊外の二車線道路を小型乗用車が走っている。車は路肩に止まり、運転席から男が出てくる。男は小降りの中、傘を差...冬至のパレード (1)
gatsutaka
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ひとりぼっちで残されて。
すごく寂しくて。
昨日、抱きしめた温もりが忘れられなくて。
人肌ってあんなに優しいんだと、やっと気づいた。
ねえ、マスター。
僕は、僕は、僕は、僕は。
あなたがここにいないと、息ができなくなりそうなんだ。
今にも泣いてしまいそうで、
苦しくて傷が疼いて。
僕は何度何度も、傷...優しい傷跡 第05話「赤い少女」
アイクル
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帯人が我が家を訪れてから、数日が経った。
毎朝、帯人の包帯を巻き直してあげるのが私の日課だ。
まだちょっと恥ずかしいけれど。
彼はボーカロイドなのだから、包帯なんて巻かなくていい。
本当はそうなんだけど、帯人は包帯をよっぽど気に入ったみたいで
決して解こうとはしなかった。
「なぜ?」って聞いても、答...優しい傷跡 第04話「クリプト学園」
アイクル
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俺にとって、音楽とは聞くものであり、作るものではなかった。
音楽自体は好きだが、作曲なんてする才能は、微塵も持ち合わせていなかったし。
そもそも、自分で歌を作るなんて考えたこともなかった。
テレビやラジオ、ネットの海から流れる曲をただなんとなく聴き、時々気に入った曲があれば携帯やプレーヤーを...小説『ハツネミク』 序章
warashi
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それは必然だったのかもしれない。
起こるべくして起こったのかもしれない。
避ける手段は幾つもあって、ただそれを選んでこれなかっただけの話。選ばなかったのは彼女自身で、選べなかったのは彼女以外の皆。
責任は誰にあるか──それだけは明確だけど、私達にはどうすることも出来ない。
だから私...コワレタセカイ - 序 -
kigaikai
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テレビから絶えず、この激しい雨のニュースが流れていた。
騒がしい中継の音が、落ち着いた部屋に響いている。
私はテーブルの上にレモンティーの注がれたティーカップを置いた。
帯人は恐る恐るそれを手にとると、ゆっくりと口元に運ぶ。
「暖まるでしょ?」
そう尋ねると、彼はこくりとうなずいた。
わずかに口元が...優しい傷跡 第03話「ボーカロイド」
アイクル
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家に着くと、まず私は青年をソファに寝かせた。
青年は崩れるように横になる。
かなり衰弱はしているけれど、息はあるから一応大丈夫だ。
私は別室に移り、急いで救急箱を探し出した。
「あれ…?」
帰ってくると、彼の姿が消えていた。
濡れたソファだけがそこにあるだけ。
私はソファに近寄り、辺りを見回す。
け...優しい傷跡 第02話「帯人」
アイクル
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雨の中、私は走っていた。
鞄を頭の上まで持ち上げて傘の代わりにしているつもりだけど、あんまり意味はない。
頭のてっぺんから足の先までびしょ濡れだ。
なんで傘を忘れちゃったんだろう。
こういうとき、ボーカロイドっていいなーなんて思ってしまう。
傘を忘れても、気を利かして持ってきてくれるんだもの。
本当...優しい傷跡 第01話「傷だらけの青年」
アイクル