牛飼い。の投稿作品一覧
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「なに安心してんだよ、柴」
不機嫌そうな顔で、顎をこれでもかというくらい引いて、彼女は私に言った。
ちょうど自販機の取り出し口からジュースの紙パックを取り出そうとしていた私は、中腰のまま固まってしまった。
「安心って?」
高校に入ってからほとんど話さなかった彼女が話しかけてきたのには何か事情があるの...DOGS
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「はぁ、はぁっ…」
離陸と着陸を繰り返す足。口から吐き出される水蒸気。
なんでこんなに息が切れているんだろうと、ふと考えた時「あ、私、走ってたんだ」って、気づいた。
寒い。
だって、季節は冬だもの。真冬ってわけではないけれど、12月って1年を通して考えてみれば体感的には十分寒い。それに一人でいるせい...白の季節 (音羽憂:作)
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帰ろう、と大和がそう思ったのは、弟・柳二の同級生に偶然出くわしたことが原因だった。
「弟さん、結婚されましたよね。おめでとうございます」
実家とは5年間全く連絡を取っていなかったから、そんなことはもちろん知らなかった。
それは、大和がずっと恐れていた終わりだったし、望んでいた終わりだった。
柳二がそ...白の季節2 (サイダー:作)
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幼い頃は、少し歳の離れた二人の兄が何よりの自慢だった。
かっこよくて何でもできて、バレンタインにはいつも鞄をいっぱいにして帰って来た。
二人の間に挟まって手を繋ぐと、どこまでだって歩いて行ける気がしていた。
ずっと三人一緒にいられるのだと、当然のように思っていたのだ。
―――――――――――――――...白の季節1 (サイダー:作)
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むかしむかしあるところにとある王国がありました。小さな国ではありましたが、自然がゆたかで、人々はみんなやさしい、あたたかい国でした。それというのも、この国のお姫さま、フロア姫の魔法の力によるものでした。
フロア姫は人々のこころをあたためる魔法をつかうことができました。国の人々は魔法のおかげで...白の季節 (〇:作)
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「死んで」
往来のど真ん中、そう目の前の女に告げられた。
その女の髪は真っ黒だが、今時流行りのクロカミロングってやつじゃない。
えっ、流行ってなんかないって? まぁ、実際流行っているかどうか、なんてどうでもいいことは今置いといてくれ。それより俺が今置かれているこのデンジャラスな状況につっこんで...モザイクロール
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ガタタン、ガタタン。
圭子は、膝に紙袋を乗せて電車に揺られていた。
袋の中身は、夫に買ってくるよう頼まれたコーヒー豆。住まいがなまじ駅に近いために、沿線にある輸入食料品店へのお使いを度々頼まれてしまうのだ。
コーヒーを飲むのはほとんど夫だけなのだから、休みの日にでも自分で買いに行けばいいのに、と思わ...Mrs.Pumpkinの滑稽な夢
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「ねぇ、与次郎はどのお花が好き?」
「えぇ~、花なんてどれも一緒だよ。」
「そんなことないわよ。ほら、綺麗なお花がこんなにたくさんあるのよ?」
「ん~。じゃあ薔薇かな。」
「あら、どうして?」
「棘があってカッコいい。」
「………。」
「な、なんだよ…。」
「………子供だなぁって思って。」...いろは唄
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「今日が最後だ、リヨン。くれぐれも処分のことは洩らさないように。態度も変えるな」
「分かってます。……あの、処分って、どうやって?」
「知りたいか?」
「……やっぱりいい。……僕、せめて最後までニースのそばにいたいな」
長い渡り廊下を歩きながら、僕は職員に言ってみた。
彼は少し考えたあ...あめふるはこにわ3
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僕が目覚めてから4週間が過ぎて、ようやく外出の許可が下りた。
怪我の治りが見立てより遅くなったのは、精神的なダメージもあったからだろうとサヴォイア医師は言っていた。
ニースの処分まであと3日。
僕は今日、久しぶりに彼女に会いに行く。
「NIISは当初より随分落ち着いているが、処分のことを...あめふるはこにわ2
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目が覚めると、僕は見慣れない場所にいた。
真っ白な部屋に、薬品のにおい。天井が見えるので、どうやら仰向けに寝ているらしい。
さあさあと雨の音が聞こえる。
全身がだるくて、頭が痛い。動きたくない。
しばらくボーッとしていると、ガラリという音がして、続いて静かな足音が聞こえた。パタパタというそれ...あめふるはこにわ1
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消えるように君が言った
言葉だけが残される
「さよなら」
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「ごめんなさい、さよなら」
『さよなら』という辛辣な言葉を彼に突き付けて私はその場を去った。
相手の顔は見ない。見たら涙が止まらなくなることはわかっている。
「待ってくれ、由希!」
後ろから彼の呼ぶ声がする...Winter Alice
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「女子のさあ、その切り替えの仕組みってどうなってんの?」
「はあ?」
振り返ると、松原がシャーペンを回しながらこちらを見ていた。
男子の間で流行っているらしい色々なところを中途半端に立てた髪型が、夕陽を受けて何かの作品みたいだった。
―メランコリック―
「いや、ごめん、何となく」
「切り替えって何?...メランコリック
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翌日の朝一番、時之助が寺へやって来た。何やら興奮気味である。
「陽春さま!國八の正体が知れたかもしれやせん!」
「ほう、何故だ」
「昨夜、俺ァなんとお庭番に釘を刺されたんですよ!國八のことを嗅ぎ回るなと!陽春さま、國八ってなァ、もしや公方様の…!」
「末娘だそうな」
「…へ?」
僧衣の両袖にそれぞれ...カンタレラ その7
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「何と申した…?」
駒乃屋の一室では、陽春が凍りついていた。
請われて、國八がもう一度その名を口にする。
「徳川家斉様。わっちの父親は、あなた様のお父上でありんす。…九三郎さま」
まさか。
そんなことがあるのだろうか。
父・家斉には子が多い。ゆえに陽春には、顔も見たことのない兄や姉や妹がいた。
國八...カンタレラ その6
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近頃、花魁は御機嫌である。
鼻唄を歌う姉女郎を見ながら、なつめは折り紙で遊んでいる。
國八の客である陽春が買ってきてくれたものだ。
「おや、可愛くできたじゃないか」
千代紙の蛙をひょいと摘まんで、國八は禿を誉めた。
「陽春さまが御手本を買ってきてくだっしたゆえ、わっちゃァ何でも作れんす。花魁、何でも...カンタレラ その5
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六日後、陽春は再び千代田屋を訪れた。
裏を返すためである。
この日も、國八はなつめだけを連れて現れた。
赤、瑠璃色の二枚の小袖に褐返の本帯を締め、大菊紋様をあしらった飾り帯の地色は金赤である。打掛は上から鉄紺、緋色、甚三紅で、鉄紺地には白糸で小菊が散っていた。
初会と違い國八が傍へ来て酌をしてくれ、...カンタレラ その4
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どこからか、三味線の音が聞こえてくる。夜見世の開始を告げる見世清掻である。
江戸随一の花街は、今日も妖しげに活気づき始めていた。
弘龍寺のある向島から吉原までは、大川橋を渡ってすぐである。
暮れ六つを少し過ぎ、大門前で落ち合った陽春と時之助は、吉原の大通り・仲の町通りを水道尻の方へと歩いていた。
「...カンタレラ その3
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「酷いじゃあありませんか陽春さま!ご自分だけお逃げになって!」
数刻の後、陽春は膳を前に時之助と向かい合っていた。
今日の昼餉は、時之助も陽春の部屋にて相伴している。
「まあ、そうかっかするな。雨に降られたとでも思って」
「雨に降られて、膝から下の感覚がなくなるんですかい」
平生は何くれと忙しく走り...カンタレラ その2
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梅鼠色の空の下、猩々緋の大傘が開く。
「花魁、そろそろ参りんすか」
「あァ、行こうかねえ。なつめ、文は持ったかえ?」
「確かにここにありんす」
「それじゃ、行くとしよう」
一人の遊女が、本漆の三枚歯下駄を踏み出した。
―カンタレラ―
時は寛政、徳川幕府第十一代将軍、家斉の治世。
江戸は向島、日蓮宗弘...カンタレラ その1
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ほらほら笑いなさい
可愛いお顔で
毛皮をまた被って
芝居に戻る
「……ねぇ、ちょうだい?」
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十月の終わりが迫り、肌寒さは身にしみてくるこの時期、一人の若い男が山中で叫んでいた。どうやら車のタイヤがパンクしたらしい。こんな山奥でパンクとはかわいそうに……それにそんな薄着...trick and treat
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「おい、こっちだ! ついに見つけたぞ!!」
「本当か!? どっちだ?」
「二人ともだ! 両方死んでいるがな」
「畜生、遅かったか」
新月の闇夜の中、村の大半の住人が出向いて二人の人物を探していた。一人は神社の娘。一人は敵国米国の兵士である。
見つけた時にはもう遅く、二人とも絶命していた。場所はこ...紅一葉―6―
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伊波さんが来て三週間と少しが立った。
彼の足はだいぶ治ってきていて、ほとんど松葉杖なしでも歩けるようになっていた。いいことではあるのだが、少しさみしい気もする。
病に侵されてからこれまで、渡会以外の人とはほとんど話す機会がなかった私にとって伊波さんの存在はとても大きなものだった。話す相手が常に...紅一葉―5―
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俺が薫さんの家に滞在するようになって二週間がたった。足の方は順調に回復しているようで、渡会医師いわく「そろそろ歩いてみてもいい」とのことらしい。
その渡会医師についてだが、相変わらず俺に対しては常に不機嫌そうな感じでことあるごとに突っかかってくる。まぁ、俺がそれだけ人間として未熟だということらし...紅一葉―4―
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戻ってきた渡会医師は不機嫌そうだった。とても、再び薫さんの病について聞くことはできそうもなかった。ただ、宣言通り傷を縫うための道具は持って来たようで、持っている革のホルダーからは銀に光る針が見えた。
渡会医師はそのホルダーから針を抜くと、そのまま俺の傷を縫おうとした。
「ま、待て、麻酔はどうした...紅一葉―3―
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到着した先は一軒の民家だった。まだ森を抜けきらない場所にあるこの民家は何となくだが良家の家と言った印象を受けた。アメリカ育ちの俺でもそう感じるのだから、相当なものである。ここが診療所か何かなのだろうか?
ここに来るまで俺と薫さんはほとんど会話を交わさずに来た。俺自身が痛みを耐えるのに必死だったし...紅一葉―2―
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ただ寄り添って抱かれていたい
悲しみが空に消えるまで
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上空八千メートル。
俺の背後に鈍く光る緑の戦闘機が迫ってくる。
『……しつこいやつだ』
俺の背を見つめる名も知らない日本人二人に俺は悪態をついた。
状況は最悪。機銃によるいくつもの傷をか...紅一葉―1―
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瞬く星をよけ、探してた。
神話は誰の味方なの?
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私たちは今、満天の星空のもとたった二人きりで歩いている。ふりそそぐ星々の優しい光は、私たちだけを照らしている。二人は寄り添うようにしてこの道を行く。そう、二人だけの世界を目指して──
「─...SPiCa
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SPiCa
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キヨテルさんがリン様の罪状をすべて読み上げた。
今の罪状を聞くとリン様は悪逆非道の限りを尽くしたようにしか聞こえない。実際はどうだったのだろう。
確かにリン様が王女となってから亡くなった人数は……表現は悪いがそれこそ山のようにいる。
...《悪ノ物語~第二章・緋ノ侍女・6~》
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